高座にかけた噺
みなさん、こんにちは。
毎日暑いのでかなりまいってます。
それでも好きなことには爆走あるのみ。
とはいえ、朝もう少し寝ててもいいのかなと思う、今日この頃でもあります。
そんな時は、今年高座にかけた落語のことを思い出すに限りますね。
しかしそこはアマチュアの悲しさ。
毎日、寄席に出かけて喋るわけではありません。
あちらこちらから声をかけていただいて、さあそれじゃ行ってきますかというノリです。今年はさて何を喋ったのかなあ。
ちょっと待ってくださいね。
今手帖を取り出します。
どうしようもない時は、ぼくが入れていただいている落語の会のサイトを覗くしかありません。
ここには今までにやった噺と今後の予定も書いてあります。
さて今年は何を話したのかな。
少し呆け気味なのか、みんな忘れてます。
ちょっとだけ調べてみました。
「阿武松」「初天神」「蒟蒻問答」「井戸の茶碗」「転失気」「死神」「抜け雀」
「阿武松」は大食いの力士の噺、「蒟蒻問答」は禅宗のお坊さんの噺です
相撲取りの名前や、禅問答も覚えなくちゃなりません。
「井戸の茶碗」「死神」は大ネタです。これも厄介だ。
来月は「厩火事」と「松竹梅」ですかね。
「松竹梅」は知人の結婚式の披露宴用なので、これ以上めでたいのはないという鉄板ネタです。
こうしてみると、わりと長い噺が多いですね。
初天神と転失気を除くと、どれも30分はたっぷりかかります。
しかし、ぼくも好きだなあ。
よくやるよ。
自分でも感心いたします。
この中で一番最近やったのは、つい先月奥多摩の駅前カフェにお呼ばれしてご披露した「抜け雀」ですかね。
これはぼくの好きな噺の1つです。
いわゆる名人伝の系譜に入る噺です。
落語の名人伝
落語には随分と名人が登場します。
なかでもいちばんよく出てくるのが、左甚五郎。
この人は変わり者というイメージが強いので、登場させやすいだけでなくて、とんでもない行動をします。
そこが落語にしやすいのかな。
ぼくが持ってる噺で甚五郎が出てくるのは「ねずみ」です。
これは昨年も高座にかけました。
仙台に旅をした時の噺で、水のきれいな広瀬川で足を洗うシーンが出てきたりして、なかなかに旅情があります。
噺の中に男2人が東北弁を喋るところがあって、これも好きですね。
仙台一の宿屋の主人だった男が、後妻と番頭に店を乗っ取られ、息子と2人で、はす向かいの物置から再び宿屋を始めるという噺です。
たまたまそこへ泊まった左甚五郎が、亭主の話を聞いて同情し、ねずみの小さな彫り物をこしらえます。
それが動くというのが評判になります。
やがて後妻と番頭の悪評も人の耳に入り、小さかったねずみ屋はまたたく間に大きな宿に変貌していきます。
それを悔しがった番頭は、仙台一の彫り物師に虎を彫ってもらい、二階からねずみ屋を見下ろす場所に、その虎を据え付けるのです。
すると、それまで走り回っていたねずみがピタリと止まって全く動きません。
手紙でこの窮状を知った甚五郎は、急いで仙台へ足を運びます。
しかしどうみてもいい虎ではありません。
目に恨みがこもっています。
「おい、ねずみ。おれはおまえを精魂込めてつくった。あんな虎の何が怖いんだ」と訊ねます。
「あれ虎ですか、あたしはてっきり猫だと思った」というねずみの台詞がオチです。
この落語には人情噺の要素がかなりあります。
途中で妻がなくなり後妻をめとってうまくっていたあたりから、お客同士の揉め事にまきこまれたところまで。
階段をおちて、足腰がたたなくなったという過去の話を、あんまり暗くならないように、時に笑いを交えながらしていくところが一番難しいのです。
最後にそれまでしんみりしていた気分を、一掃する台詞が最後のオチになります。
甚五郎ものでは傑作でしょうね。
なんとなく何度か聞いているうちに覚えてしまいました。
今では大変ポピュラーな噺です。
甚五郎の他には
他には甚五郎ものとして、「三井の大黒」「竹の水仙」があります。
講談にも登場します。
左甚五郎は、作品も逸話もたくさん残っていますが、さて実在の人物だったのかどうか。まさにミステリアスな人です。
しかし日本人はこういう名人伝が好きなんですね。
どこか偏屈で、それでいて自分が気に入った仕事となると、もう他のことはみえなくなる。
名人に対するある種の憧れがあるんじゃないでしょうか。
「三井の大黒」は桂三木助のが一番好きです。
大阪からふらふらと江戸に出てきた甚五郎が、江戸で活躍する噺です。
名前も名乗らず、若い大工に馬鹿にされ、下働きをさせられるあたりの光景はなんともいえません。
やがて大工の棟梁が登場し、ただものではないと見抜くあたりが、また絶品です。
「竹の水仙」はいくつかのバージョンがあります。
今は五代目小さんの系統が一番多いようです。
竹でつくった水仙が朝になると、花を開き、馥郁とした香りを放つシーンは何度聞いてもいいですね。
では落語の中で、左甚五郎の他にでてくる名人はいるのでしょうか。
もちろんいます。
浜野矩随(はまののりゆき)、橫谷宗珉(よこやそうみん)など名工の落語を古今東西の名人で聴き比べてみてはいかかですか。
他には「仏壇叩き」で有名な指物師名人長二の噺もあります。
「浜野矩随」は二代目の苦労が身にしみる噺です。
最後にどうしても名人になって欲しかった母が自害をするパターンと、しないパターンに分かれます。
ぼくは水杯をし、自害までして果てるという悲劇的な終末にはややつらいものを感じます。
先々代の圓楽がよくやりました。
自分で話しながら、涙を流してしまうというのが有名な逸話として残っています。
しかし講談などではやはり自害するパターンの方がしっくりくるのでしょう。
「宋珉の滝」も彫り物師の話です。
水が落ちる滝の姿とあわせて、イメージを重ねるとわかりやすいと思います。
古今亭志ん朝がよくやりました。
しかしこの落語はある程度、スジが途中でみえてしまうところが難点でしょうか。
「名人長二」は五街道雲助を勧めます。
一度きいてみてくだい。
噺家にとって名人という言葉の響きには、ある種の憧れが宿っているのに違いありません。
だからついやりたくなるんでしょうね。
抜け雀のおもしろさ
名人ものの中でぼくが一番好きなのはなんといっても、抜け雀です。
つい数週間前にやったばかりです。
何度高座にかけても飽きない珍しい噺です。
最初は志ん朝ので覚えました。
やがて何人かのバージョンがまざり、今ではぼくのオリジナルになりつつあります。
基本的には古今亭の噺です。
ぼくは柳家さん喬、桃月庵白酒のものをいただいています。
この噺の面白いところは、登場人物が最後まで名前を名乗らないところです。
他の名人伝が彫り物師に集中している中で、この噺の登場人物は絵師です。
それも狩野派の絵師だと名乗ります。
実はこの落語には元ネタがあるのだとか。
発祥は京都の知恩院です。
方丈の菊の間の襖絵は狩野信政が描いたもの。
紅白の菊の上に数羽の雀が描かれていたのですが、あまり上手に描かれたので雀が生命を受けて飛び去ったといわれています。
現在残っている方丈の襖絵には飛び去った跡しか残っていません。
それがきっと1つのイメージを浮かべたんでしょうね。
本当は狩野信政こそが、ここでの主人公なのです。
しかしそのことはこの噺と最後まで全く関係がありません。
この落語にはまず仕込みが必要です。
それがオチにつながるので、これを抜くと気のないサイダーと同じになります。
それは昔一番旅人に怖れられていたのが、駕籠かきだったということです。
悪い人が多かったとか。
ここをきちんとおさえておかなければいけません。
相州小田原宿。
1人の一文無しの男が主人公です。
宿にとまり、酒を飲みたいだけ飲んで毎日暮らしています。
心配のあまり酒代を要求すると、案の定一文ももっていません。
絵師だというので仕方なく、あきらめようと思うと、宿代のカタに絵を描くと言います。いくら断っても雀の絵を衝立に描いて、また来ると言い残したまま、宿を去ります。
ところが朝になると、突然光が差し込んだ途端、雀たちはそこから抜け出てエサをついばみまた戻ってきました。
これが評判を呼んで、お客が次から次へと。
小田原でも一番小さかった宿が、あっという間に立派な宿に変貌していきます。
領主大久保加賀守は衝立に1000両の値をつけます。
その後しばらくして、60才過ぎの立派な武士が訪ねてきます。
その雀をみたいというのです。
一目みるなり、この絵には抜かりがあると言います。
止まり木が描いてない。
勢いのある雀だ。
このままでは疲れて落ちて死ぬぞ。
そう言われて、仕方なく止まり木を描いてもらうと、エサをついばんでいた雀がまたピタリと元のところへ戻りました。
これは名工の作だというのでとうとう2000両に。
それからしばらくして、かつての浪人ものの絵師が立派ななりをして、この宿の前に立ちます。
いろいろと話をしているうちに、この老人の話になり、すぐに衝立をみると、しきりに頭を下げています。
どうしたんです。
これを描いたのはわしの父だ。
あんたのお父っつぁん。なるほど。
それまで絵の修行をしないので勘当になっていたがそれも許され、仕官がかなったのだ。あんたは親孝行なせがれさんですね。
いやわしは親不孝だ。
この絵をよく見ろ。わしは大事な親を籠描きにした。
籠描きと駕篭かきとのシャレになってます。
鳥かごを描くということをちょっとだけ話して、これがサゲの伏線になるのだということをお客さんに悟らせてはいけません。
あくまでも止まり木を前面に出して、籠も描いたとついでのようにさりげなく言います。ここがこの噺の難しいところです。
ぼくはこの噺を随分前に覚えました。
大好きな噺です。
古今亭志ん朝が描く気の強いおかみさんと桃月庵白酒のダメな亭主を同時にだすと、完璧ですね。
今も古今亭のお家芸です。
いつかチャンスがあったら是非聞いてみてください。
