「リニューアル・駅・街」アスファルトの下に土があるのを忘れない!

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リニューアル・ラッシュ

みなさん、こんにちは。
世の中の変化くらい早いものはありませんね。
東京はあっちもこっちもリニューアル競争の真っ最中です。
渋谷などの変わりようも激しいです。
ぼんやりしているとどこを歩いているのかわからなくなってしまいます。
ビルの建設ラッシュもすごいです。
ターミナル駅の改装などもあちこちで急ピッチに行われています。
あれよあれよという間に街が見違えるほどきれいになっていきます。
やはり気持ちがいいですね。
清潔な色彩とわかりやすい表示がなされ、これが駅の中かと思うくらいオシャレなお店まで登場しはじめました。
確かに駅というのは、ものすごく有望な商圏です。
誰もが毎日利用し、そこへ足を踏み入れます。
見映えを変身させることで、商売に結びつけようと考えるのは、ごく当然のことです。

試みに大きな駅を歩いてみてください。
東京駅や上野、新宿はどうですか。
地下街などはどこもすごくモダンですね。
今までのイメージと全く違うことにとまどってしまいます。
おしゃれな立ち飲みのバーから、喫茶店、飲食店、理髪店にいたるまで何もかもが用意されているのです。
これほどにまで風景というものは変化するのでしょうか。
空港も全く事情は同じです。
地方の空港も今は本当にきれいです。
コロナ禍で経営が思わしくない店舗もあるようですが、必ず良い方向に向かう日がくることを信じたいです。

高輪築堤

空港や駅などはどの施設も使いやすいように、神経を使ってデザインされています。
お店の内装などにもお金がかけられ、表示1つ、ロゴ1つをとってみても実にモダンです。同時にトイレの改装から、バリアフリーの工事まで、実に念のいったものばかりなのです。
生まれ変わるという表現がまさにピッタリだと言えるでしょう。
さらに新しい駅が山手線にも登場しました。
高輪ゲートウェイ駅がそれです。
明るくて斬新なデザインですね。
9.5ヘクタールある駅前広場には住宅や教育施設、ホテル、商業施設などを作る再開発が進んでいます。
巨大な街が出来上がりましたね。

2020年7月には、このエリアで日本最古の鉄道跡となる高輪築堤が約800メートルにわたって発見されました。
つい先日もそれに関連する記事が新聞に載っていました。
御存知ですか。
高輪築堤は、明治5(1872)年にわが国初の鉄道が開業した際に、海上に線路を敷設するために築かれた構造物なのです。
1872年に新橋・横浜間で開業した日本初の鉄道を海上に通すための施設です。
保存して開発を進めるのか、計画を見直すべきなのか。
随分と議論がなされました。
東京は今も歴史の中に息づいています。
少し掘れば必ず何かが出てくる。
そういう土地なのです。

お台場の由来

お台場などという名前の由来も少し調べてみれば、納得がいきます。
今ではオシャレな観光スポットですが、よく調べるととんでもないことがわかるのです。話は1853年に遡ります。
ペリー艦隊が来航して幕府に開国要求を迫ったのです。
日本の歴史で習いましたよね。
幕府は、すぐ洋式の海上砲台を建設させました。
およそ8か月の工期で1854年にペリーが2度目の来航をするまでに砲台の1部が完成したのです。
当初は品川台場と呼ばれました。
お台場というのは幕府に対する敬意をこめて「御」の字をつけた名前なのです。
これだけで今のオシャレなイメージとは全く違った性格がよくわかるのではないでしょうか。
お台場とは大砲を打つための場所の名前だったのです。
現代の最先端を走っているという印象とは全く違うきな臭いところです。

まさにアスファルトを掘れば泥が出てくるという世界を示しています。
私たちは何もかも、コンクリートで覆ってしまいました。
そうでないところはグリーンの芝生にしたりして、土から人を遠ざけようとしています。土がむき出しになっているのはせいぜい学校の校庭くらいですかね。
残りは都会に作られた公園とわずかに残った庭園だけです。
それ以外はみなコンクリートになってしまいました。
そのせいか、都心の気温は確実に高くなっています。
エアコンを使って大気の温度を上げ、二酸化炭素を放出し続けているのです。
都心では土を踏む機会もあまりなくなりました。
雨が降ってもぬかるみを歩くということがありません。
靴も汚れないのです。
学校の校庭は水はけをよくするため、何層も土を入れ替えてあります。

街は猥雑なもの

かつて都心に暮らしていた身としては、駅や街というのは猥雑そのものでした。
どこか非日常的な要素をもった不思議な空間でもあったのです。
人がたくさん集まるだけに当然犯罪も起こりました。
あるいはその確率がたくさんありました。
いかがわしい商売への誘惑もあったのです。
手相見に代表されるような人生の諸相も垣間見えました。
しかし今、そうしたものが駅の近くにはありません。
浮浪者の姿さえ、河川敷などに追いやられて見えなくなりました。
むしろ消し去ったといった方がいいですね。
駅を出たばかりのところで、若者が路上コンサートをやっているのをみると、本当にこの国はかわったなとしみじみ感じることもあります。
近頃では駅にピアノを置くなどいう試みもあります。
しかし人間がそれほど急に変化するものでしょうか。

アスファルトをひとたび剥がしてみれば、その下にはやはり赤土があります。
まさに関東ローム層の泥が堆積しているのです。
そう考えると、リニューアルされ、表層はみごとに美しく着飾った駅や街に、やはり別の表情が宿っているような気がしてなりません。
どんなにきれいな飲食店街に変化しても、ぼくにはもう一つの顔がみえるのです。
かつての新宿を知っている自分が、もうそのことを強く言う必要はないとは思います。
新宿南口の猥雑さも過ぎてしまえば、懐かしさになります。
今の風景との落差に愕然とします。
それでも忘れてはいけないことがあるような気がします。
アスファルトの下にはやはり何層もの土が横たわっているのです。
たくさんの光景を駅の近くでみてきました。

どれほどリニューアルしても、脳の中の記憶を書き換えることはできません。
ある世代が消えて、全く次の違う人間たちの世の中になるまで、その動きは遅々たるものでしょう。
高輪築堤のような歴史の過去が、ある日、顔をのぞかせるという偶然がこれからも起こることと思います。
時には、アスファルトの下にある泥や赤土のことを思い出してください。
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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