エクセルにまでAIの波が及ぶ時代になって考えたこといくつか

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AIの波

みなさん、こんにちは。
さて、また4月がやってきました。
新しい学期が始まるのです。
学校という不思議な組織に関わって、50年近くが過ぎました。
とうに授業をすることもなくなったと思ったら、昨年度は突然そんな機会にも恵まれました。
授業をするのはかなりの重労働です。
50分の間、自分が全ての時間を仕切らなければなりません。
これは想像以上に神経を刺激します。
どの先生もあたりまえのようにやっているようにみえますが、精神的な重圧はかなりのものです。
人を相手にする仕事だけに、評価もすぐにはねかえってきます。
同じ教材を扱っても、クラスがかわれば、全く新しい内容になるのです。
そこが面白いといえば、まさにその通りです。
どんなに教えるのが達者だという人でも、今日はダメだったということがよくあるものです。

その繰り返しの中で日々が過ぎていった記憶があります。
時間のある時は、それでも気分転換にブログを書くことを覚えました。
今も楽しみのひとつになっています。
以前ならすべてHTMLを使って書いていた記事も、今ではさまざまなアプリがあります。
ことにワードプレスは便利ですね。
しかし書店にあふれていた関連の説明書はかなり減りました。
昨今は言葉に対する耐性が、読者から幾分消滅しつつあるような気がしないでもありません。
世の中は完全に動画やSNSが主体になってしまいました。
スマホの台頭があらゆる人間の活動を変形させてしまったのです。
以前なら、PCのスキルを磨く必要がありました。
しかし今はそれもありません。
アプリがその代わりをしてくれるからです。

AIの登場

万を持して登場したのがAIです。
こんなに短い間に、ありとあらゆる場所に隙間を探して、入り込んでしまいました。
今では工場の品質管理から、配送、クレームの処理、会計までをすべてAIがやってくれます。
医療事務から医療行為そのものまでとなると、言葉を失います。
そんな中、つい先日、エクセルの関数や計算システムまで、AIが処理してくれる時代がきたことを知りました。
以前は多くの関数を覚えるのが大変でした。
ひとつひとつ間違えないように計算式を作り出していったものです。
今はそれを言葉で伝えるだけで、ふさわしいチャートをつくり上げてくれます。
プレゼンテーション用の図表の作成などもお手のものです。
生徒の名簿を読み込ませ、成績を並べかえるなどという業務は、一瞬で終わらせることができます。
成績の処理にかかった時間がみごとに短縮されました。
複雑な大学入試などの合否判定なども、成績の標準化を含めて、ミスなく行えます。
大きな大学では小数点3位ぐらいの段階で、合否を決めるのです。

科目による点数換算システムも、設計段階からAIが行います。
考えてみれば空恐ろしいとしか言えません。
あと数年もすれば、難しい関数など何も知らなくても、複雑な帳簿の処理ができるようになるでしょう。
多くの人の仕事は消滅します。
そういう時代に入ってしまいました。
生徒が提出してくる作文の中にもchatGPTなどでつくられたものがかなり見受けられる時代です。
教師の仕事はその実態を見抜く方向に動きつつあるような気もします。

生きる意味

団塊の世代と呼ばれる人たちが、全員後期高齢者になりました。
どれほど医療が発達しても、人の命にはおのずと終わりがあります。
最晩年をどのように生きていくのかというのは、重要なテーマです。
答えがそこにはないからです。
だれのための命だったのかという、きわめて根源的な問いがつねにそこには横たわっています。
どう生きればいいのか。
だれにも答えは見いだせていません。
社会資本だけでは彼らを全員希望の土地へ運ぶことはできません。
それだけに投資などといった従来の日本にはなかった思想を盛んに宣伝しています。
しかしそこで得た富を何に使ったらいいのかまでは、だれも教えてはくれないのです。
どうしたらいいのか。
そのために多くの思想家や先人たちが提さまざまな提言を発してきました。
認知症になれば、欲望が全て消えてしまうというワケではありません。
そこにも人間としての野望が横たわっているのです。

どれほどの金銭を得ても満足できない人々は、さらにあらたな望みを探さなければならなくなりました。
シェイクスピアの『リア王』の結末は悲劇的ですね。
しかしあれが本当の人間の姿ではないでしょうか。
遺産相続でもめるなどという構図をみたくはありません。

良寛のように

子供と遊ぶ良寛和尚の絵は心に優しく響きます。
よく老人施設の隣に保育園をつくる話を聞きます。
子供がいなくなった世の中は、未来の時間を失います。
今や、そこにしか希望がないのかもしれません。
しかし同時にどうしようもない不条理を感じます。
時間は無限にあるようでいて、地球の未来は暗いのかもしれません。
これだけ世界中で戦争が続き、核兵器の恐怖が漂う時代がくるとは考えてもみませんでした。
それでも人は生きていくのでしょう。
音楽を奏で、絵を描き、歌をうたい、愛し合い、憎しみあう。
なんという不条理な存在であることか。

自分の失敗を

ここまでくると自分の失敗をさらけ出して、笑って過ごす以外にはないのかもしれないと感じます。
人は他者の失敗に人間の本質をみます。
そして愛着すら覚えるのです。
その披露には限りない知性が必要かもしれません。
せいぜい、これからも読者の少なくなったブロガーとして、自己表出するとこに専念したいものです。
人間はアウトプットを繰り返して生きていくのです。
その時味わう至福の感情は、金銭にかえられるものではありません。
4月になってこんなことをふと思いました。
また暑い夏がやってくる予感に満たされています。
月日の過ぎるのだけははやく、そこに立ち止まっている人はいません。
日常の風景もどんどん変化していきます。
まさに『方丈記』に描かれた無常の世です。
これからもしばらくおつきあいください。
よろしくお願いいたします。
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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