イタリアの持つ魔訶不思議な感じはトイレットの佇まいからきているのかも

essay

不思議の国イタリア

今日も本を読みました。
昨年、イタリアへ旅行して以来、その関係の本を何冊も読んでます。
今日のは面白かったですね。
岩波新書『グランドツァー』(岡田温司)というタイトルの本です。
このタイトルはちょっと異な感じがしますけど、17.8世紀頃からイギリスの貴族は自分の子弟を教育の最後の仕上げとして、イタリア旅行に出したんだそうです。
短くて2ヶ月、長くて2年。
これはその軌跡を追った本です。

面白かったのは「チチスベイ」と「カストラート」。
貴婦人の背後でナイトの役割を果たすのがチチスベイ。
去勢男子の聖歌隊員、あるいはオペラ歌手がカストラートです。
どこやらあやしい風情がありますが、まさにその通り。
深窓のその奥に入り込んでさまざまに暗躍したようであります。

イタリアという国はなんとも不思議な味わいに満ちていますね。
昨年の夏の旅行中、発見した真実は、ほとんどの公共トイレットに便座がないことでした。
もちろん、ホテルは除いてね。
これはなんなんだ。
あんなの集めてる輩がいるんでしょうか。
盗られたらまたつけろともふと言いたくなります。
我が国のトイレット事情とは全く違うのです。
日本でははお尻のところからお湯がでるという装置が著しく普及しています。
どこへいってもほとんどそうなので、たまにでないと、不思議な気がするくらいです。

便座について

誠に尾籠な話で恐縮ですが、人間の生き死にに関係がありますので、もう少し書かせてください。
これは大事です。
なぜイタリアの公衆トイレットにはカバーだけでなく、便座もないのか。
盗られたらちゃんとつけろと思ったのですが。
ふと、ほんとなのかなと考えなおした次第です。
というのも盗られたらという前提が、最初から違うんじゃないのかという疑念が生じたからです。
つまり最初からそんなものはついてないのではないか。

そこでいろんなサイトを見てみました。
旅行者はみんな便座とカバーがついてないということに呆れてます。
さらには実際にどのような形で用をたしたらいいのかということについても、かなり悩んでます。

お金を払うのは

最初、30年前に行った時はそんなことあんまりなかったんですけどね。
どうもいろんな意見を総合すると、最初はつけていたけど、いろいろなイタズラもあり盗られたりすることもあるらしいのです。
そこで、近頃では蓋もカバーも最初からつけないということになっているらしい。
事実、それを取り付けるための穴はちゃんとあるのです。
だからといっちゃなんだけど、ホテルのにはついてます。
これはどこでもついてる。
パブリックな場所にはちゃんとお金を取り立てる人がいるんだから、見張ってりゃよさそうなもんですけどね。
だけど、それがそうでもないのだな。
ちなみにトイレットのお値段は1回につき日本円で50円から150円です。
とんでもなく高いのか、リーズナブルなのか。
日本にはないシステムなので、どうもこれにはなじめません。
わが国のコンビニはどこもタダだし。
ピローチップよりはるかにいやですね。

膀胱の大きさ

これは飛行機に乗っていてしみじみ思ったことですが、日本人はトイレットに行く頻度が高いですね。
ヨーロッパの人はもしかすると膀胱が極端に大きいのかも。
だから外に出てまで用をたすということがないんじゃないのかなあ。
このあたりはこれからの真摯な研究課題にいたしたいです。
事実、ぼくの列に座っていたイタリアの人は12時間の飛行中、一度もトイレットにいきませんでした。
このことには、奥様もぼくも驚愕を覚えたのであります。
結論、あちらの人は総じて膀胱がでかい。
これで決まりですかね。
だから便座のカバーなんてどうでもいいのだ。
ついでに30年前、スペインでであったことの1つが公衆電話でした。
電話ボックスの中で、話していた人が、突然受話器のコードをハサミで切ってもっていっちゃったのです。
これには参りました。
ぼくは受話器のなくなった電話機の前で、しばし呆然としたのです。
つまり便座もこれと同じなのかな。
あの形を見ると、人は持っていきたくなるものなんですかね。
メルカリみたいなとこで売るのかな。
謎は深まるばかりです。

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