少将滋幹の母 谷崎潤一郎 新潮社 2007年10月





この作家の作品はどれをとっても見事という他はないです。とにかく読ませます。というより、読んでしまう。引き込まれてしまうのです。その筆力の高さ、確かさには舌をまきます。
代表的なものはほとんど読みました。『細雪』はやはり上の上です。『吉野葛』『芦刈』もいい。それぞれ何度も読んでいます。『痴人の愛』『春琴抄』どれをとっても谷崎の美意識が横溢しています。耽美といわれる所以です。
なにも言えなくなります。
危ういといえば、それまでです。しかし、その中に美しさがあります。そこに限りなく惹かれていくのです。
この作品も若い時平と老いた国経との間におこる妄執のような恋愛譚にその起点があります。自分の妻を時平に奪われた国経は、いわゆる不浄観を試みることにより、妻を失った悲しみを癒やそうとします。
一方、国経という父を失い、母を慕う子、滋幹は老いた母に40年ぶりに出会います。
最後に描かれた邂逅のシーンは、幻想画のように読者にせまってきます。見事な筆使いです。
物語の運びがうまいなどいうレベルではありません。ここに描かれていることは、まさにもう一つの現実そのものです。
そうした意味でこの小説が今から60年以上も前に書かれたということが信じられません。
内容がかなり際どいものであるだけに、あまり多くの人の口の端にのぼることはないようです。
しかし何度読んでも古典に裏打ちされた確かな美意識には、驚かされます。