獄中記 佐藤優 岩波書店 2006年12月





ここ数週間の間に佐藤優の本を5冊読みました。いずれも初期のものばかりです。『国家の罠』『自壊する帝国』『同志社大学神学部』『先生と私』それとこの『獄中記』です。
著者は現在評論家としてマスコミにもてはやされています。彼の書いた本の広告や対談、コメントが載らない日はありません。
かつて外務省につとめ、やがてそこを追われるようにして拘置された過去など、全て払拭されたかのようです。
しかしこの人の出自に関する本を読めば、どこにその視点の中心があるかをみてとることができます。全てはそこからの光によって現状分析がなされているのです。
従来の評論家にない資質として、彼のキリスト教に対する真摯な態度があげられます。クリスチャンであった母親の影響を強く受け、神学研究の学徒として生きてきたところから見える風景なのでしょう。
さらにいえば、外務省でロシア駐在の分析官として、ロシア政府の中枢にまで食い込み、その冷徹な現実を見続けたことも大きいと思われます。多くの人脈を得、他の外交官では知り得ない情報に触れました。
そのことは逆にいえば、外務省内の守旧派を震えさせる遠因になっています。
やがてカフカ的ともいえる不条理な逮捕、公判。鈴木宗男代議士が拘置所を出る以前に自分は出獄することはないと言い切り、検察官を悩ませます。その拘置所内での様子が、この本の骨格です。
検察官との戦いぶりは『国家の罠』に実に詳しくまとめられています。
一言でいってすごい人です。
これだけ、哲学、宗教学、語学を集中的に学ぶ意志力の強さには舌を巻きます。到底、普通の神経では不可能だと思います。
ここまで勉強できる環境は他にないと呟き、結局彼は512日間、拘置所での拘留生活を送ります。
現在の活躍ぶりと、ここでの生活との間には何の齟齬もありません。だからこそ、その発言に多くのマスコミが群がるのでしょう。
国家というのは暴力的な装置であり、この程度のことはいつでも起こりうるとする、彼の考え方からすれば、現在の世界の趨勢が全く別の視点から見えるのも、ごく当然なことなのです。
今後も彼の著作を読み続けていきたいと思います。
国家の形が全く違ってみえてきます。
『先生と私』は中学時代までの軌跡をまとめたものです。その受験勉強ぶりには、ただただ驚嘆させられました。
博覧強記とはまさにこの人のことをいうのでしょう。