豊饒の海全4巻 三島由紀夫 新潮社 1970年10月





三島由紀夫が自決する前に書いた最後の小説です。『豊饒の海』は4部作の総称で、細かく分けると『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』となります。三島は最後の『天人五衰』を書き新潮社に届けてすぐ、市ヶ谷の自衛隊を訪れ割腹自殺をして、その生涯を終えました。
最初の『春の雪』が上梓された時、畢生の大作という大仰な広告が書店を飾っていたことを思い出します。まだこれからいくらでも小説を発表する作家だと思っていただけに、その衝撃的な死に様に驚かされました。
ちょうど『奔馬』を読み終えた頃だったのです。それだけに当日のテレビ番組をずっと見続けていた記憶があります。
第一報が届いたのは昼過ぎでした。1時前だった記憶があります。その日は深夜まで特番が続きました。なぜこれほどによく覚えているかといえば、高校時代に習った野口武彦先生が『三島由紀夫の世界』という本を昭和43年に講談社から出し、それを読んでいたからなのです。この本は当時かなり売れました。先生はその後文芸評論の世界に入っていかれました。
『潮騒』『金閣寺』『仮面の告白』などは既に読んでいました。それだけにこの本の内容とそれに付随した様々な事実が重かったのです。
今回ほぼ40年ぶりに読み返しました。
理由はわかりません。とにかく読みたかったのです。
『春の雪』のたおやめぶり、『奔馬』のますらおぶりはよく語られるところですが、今回読み直して、三島の持っているニヒリズムの根幹に触れたような気がしました。とても冷えていて諦念に満ちた、他者が覗いてはならない死の淵に見えました。
輪廻転生は確かに一つの主題ではあります。しかしそれ以上に登場人物、とくに本多繁邦の老残が活写されていると感じました。生きることは老いることだというその当たり前の事実をつきつけられたような気がします。そこでは松枝清顕も聡子もすべてが背景になってしまっています。
次々と変化する物語の展開は、時にとんでもないどんでん返しを生みます。それがまた読者を次の章へいざなう起爆剤にもなっています。人間観察の鋭さにも見るべき箇所が多数ありました。
映画などに頼らず、文字を丹念に追いかけていくことを勧めます。最終章での聡子の言葉にも多くの感慨を抱くに違いありません。
三島由紀夫が自分のために書いた『失われた時を求めて』がまさに『豊饒の海』という長編だと思いました。