今を生きるための哲学的思考 黒崎政男 日本実業出版社 2012年10月





この著者の文章は授業で何度か扱ったことがあります。インターネット時代に入って著作というものに対する基本的な考え方が根本的に変化したという内容のものでした。本書でも同じスタンスをとっています。今までは文章を書く人と読む人が厳然と分けられていました。その垣根を元から奪ったのがネット時代というわけです。
そこでは誰もが発信者になれ、知識を記憶するということにあまり重点がおかれなくなりました。知識人、文化人という表現も消えつつあります。検索する能力さえ正確に持っていれば、かなりのところまで深い内容に肉薄することができる時代になったのです。
つまり意識するかしないかに関わらず、コピペの氾濫は不可避な状況になりつつあります。どこかで読んだ文章を知らない間に自分の文に紛れ込ませてしまうという荒技を、多くの人がとりつつある時代でもあるのです。
デカルトが発見した「私」そのものが不確実なものになっています。実際のデパートで商品を確認しネットで買うという購買システムが出来上がりつつある今、このまま進むと、どちらも共倒れになる時が来るにちがいありません。
商品を高コストをかけてまで店頭に並べられなくなると、最初にデパートが倒れ、メーカーにお金が入らなくなると、そこも潰れる。それを利用していたただ乗りのネットショップにもやがて商品が届かなくなるという仕掛けです。そう遠い将来の話ではないでしょう。
新聞も雑誌も高い費用をかけて、情報を収集していますが、それも無料化の波の中で苦戦しています。事実、新聞をとらない家がどんどん増えているのです。全てネットとコピペで用が足りる時代になりつつあります。
さらに250年前に起こったリスボンの大地震で神は消え、福島の原発事故で、私たちは目に見えない脅威と戦わなければならなくなりました。想定外のことにどこまでお金をかけ、リスクヘッジをしていくかという問題です。いつ起こるかわからない災害にどこまで対処すればいいのか。さらには科学が進みさえすれば、必ず世界は発展するというニュートン的世界も終わりを迎えつつあります。全てが予知不能の時代になったといえるでしょう。
人間が全ての中心にいて、知は力なりと叫んだベーコンの考え方は破産したのです。放射性廃棄物が無害となるには10万年かかるといわれています。しかし1000年後の人に現在たまりつつある核のゴミに触るなと伝えることだけでも難問だということは誰の目にも明らかでしょう。放射能は目に見えません。
カオス理論を応用しながら、電子バッタの生存率を計算する仕組みなど、大変面白い記述にあふれている本でした。大いに考えさせられたということを追記しておきます。
彼が勧めている大澤真幸の本もあわせて読んでいきたいと思います。