安部公房とわたし 山口果林 講談社 2013年8月





 安部公房が亡くなってから20年の月日が過ぎました。
『砂の女』がことに好きでした。不条理な小説の内容には不思議な魅力がありました。映画や芝居も何本か見ました。どれもが形容のできない斬新なもので、そのたびにただ唸ったものです。
特によく覚えているのが紀伊國屋ホールで見た「ウェー」でしょうか。小説『箱男』などとあいまって今も強く記憶に残っています。
山口果林はNHKの朝ドラ「繭子ひとり」で一躍有名になった女優です。その彼女の視点から書いた安部公房が、この本には溢れかえっています。妻で舞台美術家でもあった安部真知の目からみれば、全く違ったストーリーになっているに違いありません。
この本の性格を一番如実に伝えているのは、なんといっても口絵の一枚の写真です。オールヌードでベッドに横たわっている姿が全てをあらわしています。もちろん、撮影したのは安部公房です。
24才、年の差がありました。
二人の出会いは桐朋学園の演劇科に入った生徒とそこの講師というところから始まります。
よほどこの作家の講義が面白かったのでしょう。知らずに惹かれていく中で、男女の関係になったようです。
後に安部公房は自分の演劇団体「安部スタジオ」を旗揚げします。それにも当然のように参加しました。NHKのオーディションに合格し、時の人となるのと同時に妊娠をし、堕胎の手術をしなくてはなりませんでした。
あとは本妻に気づかれないようにしながらの逢瀬。やがてそれが露見し、物理的に会えないように妻もいろいろ画策をします。
しかしその垣根を越え、箱根の別荘やホテル、さらには山口果林が自分で買ったマンションなどが愛の巣になります。
人体模型を作りあったり、写真の技術を習得したりと、二人の時間は濃密になりますが、安部公房はその頃から癌におかされ始めていたのです。
山口果林自身も舞台やテレビの仕事で多忙な中、実の父を失い、支えを必要としていたのでしょう。
最後は彼女の部屋のベッドの中で息を引き取ります。時あたかもノーベル賞の候補にもノミネートされているということで、新潮社の担当も相当に神経を使ったようです。
うまく死に場所を隠したつもりが、一部マスコミに嗅ぎつけられたりして、それは大変なことだったようです。
20世紀を代表する作家安部公房も、一人の女性の前では、ただの男だったようにもみえます。しかしこれはあくまでも彼女の視点からの一面でしかありません。
その間にも作家は夥しい仕事を残しています。
誰よりも一番ノーベル賞に近かった安部公房の一面を垣間見るには最適の本ではないでしょうか。