工学部ヒラノ教授と七人の天才 今野浩 青土社 2013年3月





だいたい教師というのは変人が多いものです。またそうでなくてはやっていけないという側面もあります。
いや、今まではそうだったというべきでしょうか。これからは案外普通の人が普通にやっていく仕事になっていくのかもしれません。
だいたい教師になろうという人は、チームワークで行動するということがあまり得意ではありません。どちらかといえば、一人でのんびりマイペースにやっていくのが好きという人が多いのではないでしょうか。
今回読んだのは、東工大で長く人文社会学群の教授をしていた筆者の周りにいた、格別に不思議なセンセイ方の横顔を集大成したものです。
なぜこの本を読もうと思ったのかといえば、それはあの文芸評論家江藤淳を教授に採用したこの大学に興味を持ったことと、本当にどんなセンセイぶりを発揮していたのかということに関心があったからです。
ここには七人の天才達が網羅されています。格別に変人ばかりを集めたのですから、よほどヘンチクリンな本になっているかといえば、それがそうでもありません。
つい笑ってしまうところもありますが、深刻になる場面もありました。書名にある「七人の天才」とは、登場順に吉田夏彦、藤川吉美、冨田信夫、パン・ティアン・タック、小島政和、江藤淳(江頭淳夫)、そして白川浩の各氏のことです。
詳しい話は読んでいただくことにして、やはり大学というところは伏魔殿だなとしみじみ感じました。
40才過ぎまで助手だった人が、やっと地方の大学に教授の口があったというので、それでは助教授の肩書きをつけて、送り出してやろうとしたところ、結局その話がつぶれて、また助手に戻ったなどというのは珍しくもないそうです。ちなみにヒラノ教授はこの時もだいぶ、学内を走り回ったようです。
ところが他の大学にやっと教授の口を見つけた途端、数年のうちに、その人が学長になり、ヒラノ教授のいる東工大の学長を君づけで呼んでいたなどという話も実際にあるそうです。
しかしぼくにとって一番面白かったのは、なんといっても江藤淳の話です。この人はよほどとんでもない人だったということがよくわかります。かつて日比谷高校の中でも飛び抜けて優秀だったそうで、授業で西洋史の発表をした時、フランス語でやったとか。
同校の名物国語教師、増淵恒吉氏は日比谷高校百年の歴史の中で一番国語ができたのは谷崎潤一郎、その次が江藤淳、三番目が野口悠紀雄だといったそうです。
とにかく江藤教授は一匹狼でそのために向かうところ敵なし。彼より年齢が上の教授達が定年で大学を去る度に、重石がなくなったあとの教授会はどうなるのかと戦々恐々としたらしいです。格別高度なレトリックを操る江藤教授に対抗できる人は誰もいなかったそうな。
その圧政ぶりについては、ご自身でゆっくりと読んでみてください。
誠にアカハラと呼ぶにふさわしいものではないでしょうか。その彼が後に母校慶應義塾大学に迎えられた時、文学部は拒否権を発動し、法学部がかろうじて、拾ってくれたというのも興味ある話です。そこから環境情報学部へうつったものの、ここも彼のいる場所ではなく、やがて、奥様のご逝去の後を追うようにして自殺したのも、ついこの前のことのようです。
いずれにせよ、不思議なセンセイたちのなんともいえないエピソードにあふれた本です。ご一読をお勧めします。