四神剣





先日、「百川」をはじめて高座にかけました。
ずっと以前から志ん朝師匠のを聞いていて、いつかは自分でもやってみたいなと憧れていた噺です。
しかし実際に稽古し始めてみると、なんとも難しい。
特に主役ともいえる百兵衛さんの台詞まわしが厄介です。

この人、信州の出身なんだとか。
その台詞の中に出てくるのが、この四神剣です。
元々は四神旗というそうですが、上に剣の付いているところから、いつの間にか四神剣と呼ばれるようになったそうです。
昨日の落語会でも小柳枝師匠がおやりになってました。トリネタです。たっぷりやると30分は軽く超えます。

昔、朝廷では元旦や即位の礼などの折りに、大極殿、紫宸殿の庭などにこれを立てたそうです。青龍は東、朱雀は南、白虎は西、玄武は北を象徴しています。
ちなみに大相撲の房もこれと同じ色です。
そんな話をまくらでふりながら、本編に入るというのが常道でしょうか。

祭りの噺ですから江戸三大祭りとは何かという話もちょっと最初に入れます。
将軍がご上覧になったという、神田祭、山王祭の二つはまず当確といってもいいでしょう。
この二つの祭りは幕府によって行列が江戸城に入ることを許されていた「天下祭」だからです。
しかし残る一つには諸説があります。
浅草の三社祭だという人もいれば、富岡神宮の深川祭りだと言う人もいます。
そんな話をちょこっとしながら、いよいよ百兵衛さんのご登場を願うわけです。

ちなみに百川という料亭は懐石料理屋としてはかなり大きな店だったようです。
ペリー来港のおりには千両をとって食事を全て出したとか。
そこへわざわざ信州から出てきた男が就職しようというのですから、この人もなかなかの野心を持っていたんでしょうね。

常磐津の歌女文字師匠がいる長谷川町の三光新道についてはご自身でお調べください。
人形町からすぐのところです。
ちなみにここには「天災」にでてくる心学者の紅羅坊名丸も住んでいたことになってます。
ぼくも一度この近辺を歩きました。
近くには水天宮や甘酒横丁のあるなかなかに粋な町なのです。
まさか鴨池玄林なんて、外科医がいるとは思ってもみなかったでしょうね。

これからも稽古を重ねて、いつでもやれる噺にしたいと思っています。
なんといっても六代目圓生の十八番です。
あの「ひぇ」がうまくできれば最高かな。

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