落語家昭和の名人くらべ





こういう本があるというのはありがたい話です。
つい読んじゃいます。困ったことだ。
京須さんについては、今更言うまでもありますまい。
このブログを読んでいる方なら、先刻ご承知でしょう。
昨今ではTBS落語研究会の解説をずっとなさっておられます。
彼の仕事の中でも特筆すべきなのは、なんといっても圓生百席と三百人劇場での志ん朝ものです。
CBSソニーの名ディレクターとして、その名は広く知られています。
今や、落語界のご意見番でもあります。しかし偉ぶらない、通ぶらない。そこがこの人の粋なところです。
どうしてもつい意見が偏って、安藤鶴夫風になったりしがちな世界でもあります。
だからこそ、貴重な人材なのです。

 一番、面白かったのは志ん生の巻でした。
みんながこういう芸人がいてもいいというぎりぎりのところを歩いたというのが、この芸人に対する賛辞です。
今の時代と違って、おおらかにそのすべてを許してあげられる最後の噺家でした。
その一線を踏み外して、消えていった芸人についても、京須さんは言及しています。

圓生がいった台詞の中で、印象に残ったのがこれです。
悪人は芸でできるが、根っからの善人というのは演じることができない。
面白い、いかにも人間を描くことに精出した噺家らしい言葉です。
それだけに小さんがいつも言っていた、人間素直が一番という表現にもつながるのでしょう。

志ん朝には京須さん独自の思い入れがあります。
年齢は前の5人に比べてかなり若いものの、その考え方の根本には明治、大正の世界があったと述べています。
録音することをなかなか承知しなかったという逸話はかなり語られています。
しかしいったんこの人に任せると決めた以上、あとは何も口をはさまなかったそうです。
三百人劇場での録音がなかったら、志ん朝の主要な落語を現在耳にすることはできません。
その意味でも、この仕事の重みと、ありがたさを実感します。

まくらで現代を語りながらお客を笑わせ、しかし本筋に入ると急にだれてしまうという現象が、ここしばらく続いてると京須さんはいいます。
コントのエキスを落語に入れることも大切ではあろうが、しかし私語駄弁横行が落語の道ではないはずだ。
名人と呼ばれる人々の苦労のあとをもう少し、現代の噺家達も真剣に追い求めるべきだという京須さんの意見は、誠に重いものだと感じます。
あの志ん生でさえ、私論を振り回しはしませんでした。
ましてや、聞き手の心に土足で踏み込むことはなかったといいます。
落語というものの、難しさを知ればしるほど、日々その桃源郷の甘さに想いが募るばかりなのです。

三木助、文楽についてもさまざまな記述があります。
どうぞ手にとって読んでみてください。
いずれも、じっくりと聞き込んでいる人でなければ書けない文章です。

コメント