根多帳





昨日の寄席でちょっとしたハプニングがありました。
ぼくの好きな柳亭小燕枝師匠、床屋さんの噺を始めたのです。
例によって熱い蒸しタオルを顔にのせられるところから。
ところがちょっと笑いが薄い。
あれれとご本人も戸惑った様子…。

さてしばらくして浮世床の本編に入ろうとした時、慌てて前座が根多帳をもってあらわれました。
実はその1時間ほど前に、別の噺家さんが同じのをやっていたのです。
ぼくは無精床にはいるのかなと思っていたら、そうではないので、これはまずいんじゃないのと思った一瞬でした。
同じ床屋の噺が続くということも、普通はありませんけどね。
噺がつくといって、避けなければならないことなのです。

さて師匠、およよという顔をして、いやはや、これがライブというものですと弁明。
さっき根多帳を見たはずなんだけどなあとぶつぶつ…。

お客様にこれが実物なんですと大きな根多帳を紹介し、そのわずかな間にちょっと考えたみたいです。
まだ出ていない噺で、残りの時間に終わるものを探さないといけません。
実はこの噺からこっちへ入るつもりだったんですよと軽く弁明し、あとはそのまんま「手紙無筆」へなだれこんでいきました。

こういうのが寄席なんですかね。
ちょっと嬉しくなりました。
それにあのわずかな瞬間に、まだ出ていない噺を頭の中でさっとみつけ、無理なく入っていく技のすごさよ。
小燕枝師匠は地味だとよく言われます。

江戸弁もすでに今の落語からからもさらに遠いぐらいの生粋なものです。
そこに違和感を感じる人がいるのも事実でしょう。
しかしいいですね。
小里ん師匠などと並んで、五代目小さんの弟子という風格が滲んでいます。
これからも頑張って高座に出続けていただきたいものです。
「なんのおかまいもできませんが…」というあのいつものフレーズ。好きだなあ。

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