演劇VS映画 想田和弘 岩波書店 2012年10月





 平田オリザ率いる劇団青年団のドキュメンタリーを撮った想田監督の本です。サブタイトルに「ドキュメンタリーは虚構を映せるか」とあります。平田オリザが現代口語演劇を標榜して、かなりの年月が経ちました。今ではその分野での第一人者といっても過言ではないでしょう。緻密に計算された台詞はあたかも日常の会話そのもののように聞こえますが、そこには多くの方法論が含まれています。
役者は何を考えていてもいい。ただそれらしく演じること。ここでいうそれらしくとはペルソナとしての自己を最大に演技することを意味します。人間は常に演じる生き物であるというのが、平田の基本的な考えです。
声の抑揚、大きさ、向き。従来のスタニスラフスキー・システムとは真逆の発想です。
ぼく自身、最初に青年団の芝居を見たときには、なんと劇的でない芝居の作り方をする人なのだろうと驚いた記憶があります。日常は劇的であるにしても、それを表現する方法が劇的である必要はないと彼は言いきります。
暗転はいらない。BGMはいらない。できたら、最後の拍手もいらない。日常はそのままの形で無限大に続いていくものであるからというのが、彼の基本的な考え方です。
その手法に共感した想田監督は自らのドキュメンタリーの作り方に似たものを強く感じました。
そこからこの映画が誕生したのです。
300時間を超える撮影。その中で平田オリザは徹底的にカメラを無視し、日常そのものをある意味で演じ続けました。稽古風景を撮りながら、しかしどこにこの映画の主題をみつければいいのか、監督は悩み続けます。たった一人であらゆる角度から撮影していく中で、対象を切り取る視点を探り続けたと書いています。
この本の前半はそのための苦悩を赤裸々に描いています。後半では劇団員、舞台美術監督、照明、さらに平田オリザとの対談集になっています。平田は政権交代に際して、鳩山首相の方針演説まで書くという荒技もこなしました。政治的な発言も多数混じり、大阪の橋下市長などに関する記事も興味深いです。
映画は全国で展開される演劇ワークショップの内容までふくめて、実にそれぞれ3時間に及び、「演劇Ⅰ」「演劇Ⅱ」として完成しました。あわせて6時間の映画のために、想田は実に4年間を費やしました。
ドキュメンタリーの成否は監督がどう現実を切り取ったのかという点に、絞られがちです。しかしある意味で、無垢な状態のドキュメンタリーは成立しないのかという基本的なテーマに挑んだのが、この作品でもあるのです。
現在、日本全国で上映中だそうです。
新しい映画の可能性を探るという意味でも、静かな演劇を撮り続けた静かなドキュメンタリーを是非一度見なくてはと強く思っています。大変刺激的な本に出会うことができました。