談志歳時記 吉川潮 新潮社 2012年11月





 立川談志が亡くなって一年。はやいものです。
このところ、この落語家に関する本が次々と出版され、書店を賑わせています。
つい最近では立川談四楼の『談志が死んだ』という傑作な回文をそのままタイトルにした本が上梓されました。
個人的にはこの噺家にはさまざまな思いを持っています。しかし彼の周辺にいた人にとっては、どうしても書かずにはいられない対象なのでしょう。そのことが痛いほどよくわかります。もはや立川談志は伝説の人物になりつつあるのかもしれません。
立川流顧問といえば、何人かいますが、作家吉川潮の名がすぐに上がります。15才の時に彼の落語を聞いて以来、ずっとこの噺家の追っかけをした人です。新潮新書に入っている『戦後落語史』の中でも、立川流を贔屓する筆致にかわりはありませんでした。
しかし今回この本を読んで、ここまで立川談志に信頼されていたのかということをあらためて知りました。というより、吉川潮が今日あるのは立川談志のおかげであると言っても過言ではありません。色川武大に会わせてくれたのも談志です。その他、多くの芸人との出会いをセットしました。
生活の苦しい時、談志が共著の形をとり、印税を折半にしてくれました。このおかげで、なんとか食いつなげたと述懐しています。
この本は全編が談志に対するオマージュに満ちています。亡くなる直前から書き始め、時間をさかのぼっていきます。途中には最後の5年間の様子をルポ形式で挟み込んでもあります。全幅の信頼を得ていた筆者でなければ、絶対にかなわない内容でしょう。
芸人ものを書きたかった筆者にとって、目の前にいるこれぞ芸人という立川談志の生き方はまぶしく映ったに相違ありません。
この本を読んでいると、吉川は実によく泣いています。もう噺ができなくなった師匠に最後通告を行ったのも彼です。それでいて少し持ち直すと、嬉しくて仕方がないのです。
人一倍寂しがり屋の談志は、吉川の来訪をとにかく喜びました。俺が死んだ後の立川流はまかせると言い切ってもいます。
多くの弟子に対して実にやさしいのです。死が近くなればなるほど、その度合いが強まっていったようです。
巷間、噂にのぼる談志の横顔とはまた違う一面をみごとに描ききっています。最後まで突っ走った人はこういう風に死を迎える以外になかったのかもしれません。
読んでよかったとしみじみ思います。