拉致と決断 蓮池薫 新潮社 2012年11月





 北朝鮮に拉致された蓮池さんの手記です。24年間の生活が描かれています。子供を北朝鮮において日本に一時帰国した時のことから、詳細に綴られています。一言でいえば、せつないしやるせない気分で一杯になります。子供のいる場所にもう一度戻ろうとする二人をなんとかこのまま日本にとどめようとする家族。その葛藤とせめぎあいが生々しく描写されています。
なぜここまで過酷なのか。こういう犯罪があるということ、そのものが信じられません。
拉致された当座、国際法まで出して抗議し続けた著者の前にあった現実は、実にみごとなまでの無視でした。何をいってもどこにも届かない声は、やがて諦めになり、その後はもう二度と祖国に戻ることはないという長い絶望にかわっていきました。
招待所と呼ばれる隔離住居で人知れず暮らす日々の中で、どうしたら状況が少しでも好転するかということに腐心していきます。
朝鮮語の学習もその一つでした。
さらに釣りを覚えたり、鳥を捕まえることに熱中したり、大枚をはたいてギターを手に入れたりもしました。
旅行するなどということは到底考えられず、それでも何度か指導員と一緒に外泊もしたと言います。
しかしつねに厳しい監視の目の中にいたのです。その息苦しさは想像にあまりあります。
正論が通じない。それでもどの監視員も全く同じという訳ではありません。中にはふと心中を吐露したくなるようなやさしい人もいました。それでも彼は緊張状態を維持し続けたのです。
もっと書いてもいいのではないかと思うところもありました。
しかし現実に今、拉致されている人々が北朝鮮に残っているという事実も重いのです。
全編を通じて感じるのは、特にものがないということです。食料の配分がほとんどなくなった中で、どのように飢えをしのいでいるのか。その事実があちこちに書かれています。収入を上回る物価や、デノミの失敗など、様々な経済状況が報告されています。外貨ショップと町の市場との落差にも驚かされます。
全てを書き切るということはできなかったに違いありません。自由という概念がどういう意味を持っているのかを考える際には恰好のテキストになるだろうと感じました。
金日成の死に際して世界中から送られた品物を展示してある建物の存在や、彼の息子、金成日が死んだ時の様子も記されています。
その温度の違いなどを通して、北朝鮮の人々の生の感情をわかりやすく説明しています。
一読に値する本です。