芸は砂の山





六代目三遊亭圓生が生前よく口にしていた言葉だそうです。これはぼく自身の経験でもありますが、馴れてくるとどうも噺がうまくいかないということがあります。もちろん、そんなにたくさん話している訳じゃないけど、やっぱり稽古をしたりしていると、それなりに似たことを感じるのです。
圓生はよく「芸は砂の山だ」とつぶやいたとか。
なにもしていないと、すぐにずるずると落ちてくる。崩れてくるのが芸というもの。必死になって上っていく、あるいは積み上げていけば、なんとか前と同じ状態をキープできる。
最初は緊張もするが、だんだん安心して手を抜くと、すぐに芸が動かなくなる。動かなくなった芸は面白くもなんともない。マンネリになったり、演者が飽きたら、その場で噺の命はなくなるのだそうです。

重い言葉です。
それだけ新鮮でいられる状態を保つということは、並々でない修練を必要とします。
圓生はどこでもぶつぶつと一人で稽古をしていたそうです。これだけ稽古をした人はいないと弟子たちは声を揃えて言います。
志ん朝にも似た話があります。
いつも二階でひとしきり必死になって稽古をしてから、階下へおりてきたそうです。
お姉さんの美濃部美津子さんの本にそんなことが書いてありました。

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