まくら





高座に上がってみるとわかりますが、まくらをどう語るかというのは大変に難しいものです。
その日の演題にすんなり入っていくための道具という見方もできますし、お客様の心をつかむ踊り場ともいえます。
あまり退屈でつまらないと、逆効果になってしまうことも往々にしてあるようです。
その反対にここばかりが面白くて、本題に入ると死んだようだという噺でも困りものです。
理想を言わせてもらうなら、その噺家の人となりがそれとなく滲んでいて、かつ本筋の邪魔にならないというあたりが一番いいんじゃないでしょうか。

ここにあげたのは小三治師匠の本です。続編もあります。
こだわり人間が高座で語ったまくらをそのまんま収録したという、不思議な本です。
本当にこんなことが世の中にあるものかと思わず、身をよじって笑い出してしまいます。つい吹き出してしまうのです。
なかでも「駐車場物語」は絶品でしょう。彼の借りている駐車場に突如住みついたダンボーラーの話です。
実話だけに、なんともいえずおかしい。その他に「玉子かけ御飯」「めりけん留学奮戦記」などなど。
ご一読を勧めます

続編では「笑子の墓」でしょうか。これはいい。若き日の小三治師匠はテレビにでるのが好きではないけれど、それでもなんとなく仕事をこなしていました。
その彼の横面を笑子さんは思い切り、ひっぱたいたのです。
もちろん、実際にではありません。もっと深く、彼の心の底をえぐったのです。
そんなことしてちゃだめよ。好きな落語を本気でおやんなさいよ…。
小三治師匠は感謝してもしきれない感慨を持ちました。それまで鬱々としていた彼の日常を、笑子さんに見抜かれました。
その忠告のうれしかったこと。

しかし、再会を果たせないまま、彼女は死んでしまいます。
そこがとても悲しくて、やるせないのです。

まくらはその噺家の現在を切り取るバロメーターでもあります。
ここである意味、人間としての本当の意味のフレキシビリティーを計ることもできる。
あるいは時代との接点をどれくらい真剣に探しているかを知る手段でもあります。
つまり、まくらは怖い。
甘くみると、とんでもない大火傷をすることになるのです。

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