海炭市叙景 佐藤泰志 小学館 2011年2月





彼の『移動動物園』という小説を以前に読んだことがあります。その時の印象を残念なことに今思い出すことができません。
しかしこの海炭市という不思議な名前を持つ町を題材にした小説には心惹かれました。
一口に言えば、これは小説の体裁をした詩だろうと思います。一つ一つの話は誠に短く、そこで語られている内容は地球上のどこにでも起こる、ごくささいな事柄ばかりです。
作品では男、女、親子、兄弟の間に次々と日常の風景が繰り広げられます。中には時に事件と呼べるようなものもあります。しかしそれはわずかの間に忘れられ消えていく類のものでしかありません。
子供が生まれ、土地を取られ、喧嘩をし、山の中に消え、酒を飲み、女にふられ、歯が痛み、有り金を競馬ですってしまう。そんな人々が主人公です。
市電の運転手、とび職、燃料店店主、元炭坑夫、職安職員。それぞれがごく堅実な暮らしをしています。しかしそのとば口を少しだけ開くと、そこには誰にも垣間見ることのできない心の鬱屈や闇、さらには喜び、哀しみが見えてきます。
全体は18話から成り立っています。
季節は冬と春です。本当はこの後、夏と秋をまとめて執筆する予定でしたが、著者は自殺をしてしまいました。
仕事をしている人達の横顔を本当に丁寧に彼は描き出しています。それらが縦と横の糸になって日々の生活が織られ紡ぎ出されているのです。
函館をイメージして書かれたという想像上の海炭市という町に自分が住んでいたら、きっとこういう暮らしをしていたのだろうという気分になります。
文体は自然です。過剰な感傷はありません。ただ淡々と日々の暮らしが描かれているだけに、かえってリアリティが増していきます。言葉の使い方が大変にさりげなく、それでいて詩的です。この作品は映画化され、多くの人に共感を与えたと聞いています。
しかしぼくにとっては、やはり文字から入る想像力の方が強いもののように思えました。中上健次とも違い、村上春樹とも違う、明らかに一つの屹立した世界です。芥川賞の候補に何度もなりながら、受賞の機会がなかったというのも、今となっては一つの伝説かもしれません。
作品はそうしたこととは無関係に、これからも読み継がれていくのではないでしょうか。言葉が良質です。そこに文学の生きる可能性が宿っています。
あらゆる文学はやがていつかアノニムなものとなり、作者は消えていくのです。それでいいのではないでしょうか。それだけの力を持った作品だけが残るのです。
『移動動物園』をこれから読み直す予定です。