半島へふたたび 蓮池薫 新潮社 2009年9月





 初版は今年の6月です。ぼくが手にしたのは14刷。随分売れているようです。北朝鮮に拉致され24年間の間、祖国に帰ることを夢見てはすぐに諦める日々の連続だったようです。そのことが痛いくらいに感じられる文章でした。
韓国を訪問した時の様子が第一部では語られます。最初は韓国へ行くことも怖いという印象を抱いていたようです。なんといっても北朝鮮とは地続きです。いつまた連れ去られるのではないかという恐怖感が身体の芯に染みこんでいたのでしょう。
戦争記念館などを訪ねると、北朝鮮で教えられていたこととの差に愕然とし、また同じ民族同士の全く似た感性をそこに見いだしたりもします。北と南に分かれてはいても、通奏低音のように、彼らの底に潜む価値観には共通したものがあるのを見てとるのです。
話はあちこちに飛びますが、北朝鮮にいた頃の食料事情などに触れたところには大変興味を持ちました。夫妻揃ってキムチをつくる場面などは、これが生活に直結しているだけに悲壮感さえ帯びています。唐辛子を粉にする際、製粉してもらうと全体量の1割を手数料にとられるのが厭で、自分たちで搗いてみるところなど、笑おうにも笑えません。
目や鼻を完全に覆い隠しても、やはりそこいら中に飛び散る粉のため、どうにもならなくなり、一度で諦めたようです。しかしその時の気持ちの切実さは容易に想像できます。
少しの食料をも減らさないための努力が痛々しいまでに、描写されているのです。
さて今回、一番面白かったのは第二部の方でした。そこでは蓮池さんが翻訳の仕事を本格的に始めようとした動機や、実際に多くの韓国人作家達と交友を結ぶシーンが、みごとに表現されています。
翻訳エージェントの人との出会い、さらには翻訳家として既に活躍していた友人との邂逅。韓国の英雄、李舜臣を描いた最初の翻訳本『孤将』出版に至るまでの苦労。
市役所に勤めながらの翻訳作業は凄絶をきわめました。朝方3時頃には起きて、パソコンに向かう日々だったそうです。
友人は翻訳の後の推敲の重要性をくどいほど説明してくれました。まず10回は推敲すること。そして表現を鍛えること。
荒訳に3ヶ月、その後市役所の仕事もやめ、推敲に専念しました。3ヶ月後、やっと翻訳が完成したのです。その後脱稿、ゲラまでに1ヶ月、さらに店頭に並ぶまで2ヶ月かかりました。こうして翻訳をはじめて10ヶ月後、筆者ははじめて翻訳家の仲間入りを果たしたのです。
その後は韓国で最も人気のある女性作家、孔枝泳さんの本を次々と翻訳し、高く評価されています。孔さんが来日した時の通訳なども全て彼が引き受けたそうです。
こうしてみると、あまりにも数奇な運命に弄ばれた人生だなあとしみじみ思います。
これからのさらなる活躍を祈らないではいられませんでした。ぼくもこれを機会に彼の翻訳した小説を読んでみるつもりです。
不思議な読後感のある本でした。一読をお勧めします。