文士の魂 車谷長吉 新潮社 2001年11月





 筆者については以前、ノートの中に書いたことがあります。とにかく不思議な人です。
さて彼がなぜ文学の魔力にとらわれてしまったのか。その秘密がいくつもここには示してあります。というか、文学以外にもうすがるところがなかったというのが本当のところでしょう。
かつては小説を書くのが恰好いいと思っていた時期もあったようです。それがいつからか、なんともみっともない恥多い行為に転化していきました。そのあたりの心象風景はこの本を読めば、よくわかります。
さて本書では、筆者が今にいたるまでの間にさまざまな感慨を抱いた作品だけを載せてあります。もともとこの本は新潮社の小冊子「波」に連載されたものだけに、読書人への解説の要素も含んでいるのです。
ここにあげられた小説を全て書いておきましょう。

『明暗』『流れる』『楢山節考』『三四郎』『青年』『遠い声』『象徴の設計』『火の虚舟』『日本婦道記』『断碑』『坂の上の雲』『金閣寺』『金閣寺炎上』『愛の渇き』『雨やどり』『夏の栞』『伯父の墓地』『青梅雨』『人生の一日』『雨瀟瀟』『暢気眼鏡』『男嫌い』『業苦』『異端者の悲しみ』『阿部一族』『剃刀』『片腕』『出口』『山月記』『魚服記』『犬狼都市』『沼津』『怪物』『渦まける烏の群』『件』『夢の中での日常』『追跡の魔』『蝶』『川』『さまよい歩く二人』『兄の左手』『保田與重郎ノート』『白い屋形船』

ここにあげた本が全て好意的に書かれているわけではありません。むしろこれはひどいというものもあります。それも彼の感性のありかを示しています。
いずれにしても小説になるという一点をどこにもっていくか。いわば核心をどこに設定するのかという創作者の苦心譚といったものをここから読み取ればいいのではないでしょうか。
創作という行為は実に業の深い苦行だといえます。