旅する力 沢木耕太郎 新潮社 2008年11月





 読み終わった今の気分は、実に爽やかです。いい本を読んだという気持ちでいっぱいです。こういう出会いがあるから、読書はやめられません。
沢木耕太郎の本は彼がデビューした頃から折りに触れて、ずっと読み続けています。一言でいえば、文体の魅力です。
冗長な表現は少しもありません。対象に着実に迫っていく目の確かさがあります。それと健康な好奇心でしょうか。あらゆるものに対して、全く先入観を持たず切り込んでいく。これは誰にもできそうでいて、しかし最大の難問なのです。文章を書こうと思った人なら、誰でもぶつかる大きな壁です。
この本を読んでいると、彼にとって『深夜特急』の旅は格別に意味あるものであったということがよくわかります。とにかくバスで。それもロンドンまで辿り着くというのが当初の目的でした。小田実の『なんでも見てやろう』に触発されたのです。ずっと後にはあるテレビ番組に旅の形だけを利用されたこともありました。
大学を出てから定職につかずにいた彼をルポライターとして使ってくれた多くの編集者たちとの出会いは実に気持ちのいいものです。
そのなかでもTBSの関連会社であった「調査情報」のスタッフの質の良さ。沢木の資質に対する信頼が、今日の彼を作り上げたといってもいいのかもしれません。
その後、さまざまな出版社の人たちと出会いを重ね、今の彼があるのです。その一人一人に対して、彼は実に謙虚です。そして素直です。その後ろ姿に、とても惹かれるものがありました。
こういうふうにして、一人の人間が成長していくのだなということがとてもよくわかりました。
その後、もう一度「調査情報」誌で仕事をしたいと彼が望んだ時、スタッフたちはもうオファーを出しませんでした。沢木の活動の場はここではない、他へいけという無言の指示だったのです。
ある時代が終わりを告げていました。どうしても卒業を余儀なくされたのです。
『深夜特急』の旅は彼に今までとは違う自分を探し出すための、通過儀礼だったのかもしれません。これ以降26才で日本を飛び出す若者が増えました。旅は若い時代にしなければいけません。旅に教科書はないのです。本来の意味ではガイドもありません。自分自身で教科書をつくりあげていく以外にないのです。
自分に素直な本当にいい文章です。
旅には適齢期があるのだと感じました。『深夜特急』は文庫本で読むことができます。特に香港編は熱いです。自分を探す旅は、いつも熱狂を孕んでいるものなのかもしれません。