フェルマーの最終定理 サイモン・シン 新潮社 2008年6月





 新潮文庫の百冊という冊子をみていたら、その中にかなり毛色のかわった本がありました。それがこれです。フェルマーの定理は300年以上にわたり、数学者を悩ませ続けた難問中の難問といってもいいでしょう。
それを一人で本当に子供の頃から考え続け、ついに証明したのがアンドリュー・ワイルズです。1980年代にアメリカにわたり、プリンストン大学で数学を教えるかたわら、妻以外のだれにも、自分がこの定理の解法を研究していることを告げませんでした。
この本にはそうした彼自身のドラマとともに、今までどういう問題が数学的難問とされてきたのかということの紹介もあります。
読んでいるうちに、数字というものに秘められた不思議な魔力にひきつけられていきます。それだけ数学の世界は深いということなのでしょう。
科学の分野というより、もう哲学そのものだといっていいのではないでしょうか。
フェルマーの定理とはそもそも何なのか。それを著者はピタゴラスの生い立ちから書き始めています。俗に三平方の定理と呼ばれるこのすばらしい数の発見は、その後の数学にとってひとつの難問の入り口でもありました。
この本の面白さは後半のところにそれぞれの証明を載せてくれているところです。背理法や、数学的帰納法などの説明も同時に書き込まれています。
さてフェルマーの定理とはなんでしょうか。
それは次のようなものです。17世紀を代表するフランスの数学者フェルマーが本の余白に書き入れたという数式が、300年以上にわたって人々を悩ませ続けたのです。

3以上の自然数Nに対して XのN乗+YのN乗=ZのN乗にあてはまる数字、X、Y、Zは存在しないというのです。ピタゴラスの定理はNが2の場合であり、これにあてはまるX、Y、Zが存在していることはよく知られています。たとえば、3、4,5の組み合わせはもっともポピュラーなものです。

さてこれをどのように彼は解いたのでしょうか。その内容は本書に譲るとして、その解法のために日本人が二人、大きな予想をたてていたということだけは書いておきましょう。それが谷山豊と志村五郎です。彼ら二人はモジュラー形式という数学的分野で、大きな業績をあげ、それが結局フェルマーの定理とつながっているという予想を、アンドリュー・ワイルズに予感として与えたのです。
最終的な解法の証明をしたものの、それは信じられない誤りを犯していました。
いつまでたっても公にされず、その間に調査委員会の複数の数学者達が、解が真であるかどうかの検証を行っていたのです。その結果、どうしても証明できない部分が残りました。
それからの1年間、彼はただ自分の部屋にこもりきり、ただ一つの最後のテーマと格闘し続けたのです。
その頃になると、世間はフェルマーの定理のことなど、完全に忘れ果てていました。
ところが、ついに問題は解決しました。最終の講演がケンブリッジで行われることになったのです。1993年6月23日、この日をもってこの難問中の難問から、全てのヴェールがはがされました。
直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しいという単純なフレーズが、なぜ3乗以上になると、イコールでなくなるのかという、ただそれだけの問題に300年以上の月日がかかったのです。
数学というものの、奥深さを知るには恰好の本だと思います。
巻末についた補遺がまた面白いです。ルート2が無理数であることを証明する方法や、ゲーム理論の話など、どれも興味あるテーマばかりです。
数学の苦手な人にも楽しく読めます。
ぼく自身としては完全数の話に大変興味を持ちました。これだけで、十分一冊の本になる価値を持っています。
数学の世界の底知れない深さにあらためて、感動しました。