カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー 光文社 2007年11月





 亀山郁夫訳が大変な評判で、昨今では最も売れた文庫本に入るそうです。こういう難解な本が評判になるというのはどういう現象なんでしょうか。大変に不思議な話でもあります。
あるいはあまりに単純なストーリーの小説ばかりが増産されているということなのかもしれません。
また年齢を重ねた人たちにとって、人生の深淵を覗き込むことの畏れと表裏一体になっているのでしょうか。
全5巻を読み通すのに1ヶ月以上かかりました。学生時代の印象よりも随分読みやすくなっているなというのが最初の感想です。
ストーリーは幾層にも重なっています。ここで単純に表現することはできません。基本は父親フョードル・カラマーゾフを殺したのは誰かというミステリー。ミーチャ、イワン、アリョーシャの3兄弟に絡む愛情と憎しみのドラマ。さらに神を中心とした世界観は果たして可能かという壮大なテーマに貫かれています。
登場人物も大変多く、特に前半では町の修道院のゾシマ長老を中心にストーリーが展開します。彼が亡くなり、奇跡を願う人々の前に、悲しい事実も伝えられるのです。
作者が神の存在というものをどのように考えてきたのかという、大きなテーマがここでは語られます。
次男イワンの口を通して語られる無神論の論述は実に厳粛なものです。その後町の老商人の囲い者だった美人、グルーシェニカをめぐり、金と欲望とが渦を巻いていきます。その果てに父親殺しが勃発するのです。
最後は裁判シーンの連続です。真犯人はどこにいるのかというミステリーがここではずっと繰り広げられます。
第2部を書くつもりでいたドストエフスキーはこの小説を脱稿した直後に亡くなってしまいました。つまり永久に続編は葬られてしまったということです。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』と全く同じような話が途中に挿話として出てきたり、実にユニークで面白い本です。
父親殺しの真犯人が誰であるのか、それも含めて読者の楽しみとした方がいいのではないでしょうか。慌てて読むような本ではありません。ゆっくりと味読しながら、その世界に浸っていくという種類の小説でしょう。
『悪霊』『罪と罰』とならんで、彼の代表作であることに間違いはありません。
ここまで重厚な本を読んでしまうと、これ以降に読む本が少し薄っぺらくなってしまうのではという危惧も抱いてしまいました。