パラサイト社会のゆくえ 山田昌弘 筑摩書房 2004年10月





 社会学は現実を背景にするものだけに、日々そのデータが古くなるという厳しい側面を持った学問領域です。
このパラサイトという表現も今ではごく自然に使われる表現になりました。格差社会という言葉を言い出したのも、著者自身です。今までに何冊も彼の本を読みました。そのたびに新しい発見があります。
この本は少し以前のデータを元に分析したものだけに、やや古びた印象を持ちました。しかし根本のところはまさに正鵠を射ています。
1999年を境に、この国は大きく変化をし始めたと筆者は言います。
親と同居し、シングル生活を優雅に過ごすというパラサイト・シングルと呼ばれる人たちも今では激減しました。つまり彼らを背後で支えてきた親たちの世代そのものが、現在リストラや高齢化に襲われているのです。
優雅な生活を保障できる環境が、この国から急速に減少しつつあるのです。若者の雇用形態も悪化の一途をたどっています。フリーターになりたくもないのに、そうせざるを得ない人たちも、また一方では増加しているのです。派遣も同様に、就業形態が大きくかわりました。
かつては短大や女子大を出て、そのまま専業主婦になればよかった女性たちも、今では男性の雇用が不安定なため、簡単に専業主婦になることすらできません。
男性たちは結婚相手に、腕に技能をもった専門職の女性を考えるようになりました。一方であまりに低い年収の男性には配偶者の候補さえあらわれないという現象もおこっています。
また3万人を超える自殺者の背景には、男性の価値意識もあるといいます。自分の稼ぎで一家を食べさせていけなくなった50代のリストラ組や倒産組は、むしろ自殺によって支払われる住宅ローンや、生命保険金に頼ってしまう傾向すらあるのです。
年金問題にからんで、将来が不安だとする中高年世代は驚くほど多いのです。高度成長期の神話におぶさって生きてきた世代はまだしも、今の若者たちに欲しいものは何もありません。
生まれた時から、ほとんどのものが揃っていたからです。下部構造がやがて格差の問題とからまり、日本人の心の中を空洞にしつつあります。
このまま進む船は、どこへ漂着したらよいのか、その場所を探しあぐねているのではないのでしょうか。努力という言葉が次第に死語になりつつある社会が、ついそこまで来ているような気さえしました。