橋ものがたり 藤沢周平 実業之日本社 2007年2月





以前、どこかで読んだ本を、また何気なく手にとるということがあるものです。新装版だったので、ほんとに気軽に読み始めました。タイトルだけは覚えていたものの、内容はすっかり忘れていました。
藤沢周平については随分ここでもとりあげました。しかし読めば読むほど味わいのある作家です。手練れというのでしょうか。ついほろりとさせられてしまいます。
橋というのは境の象徴です。この世とあの世を結ぶ三途の川にも橋はあるのかもしれません。あるいは男と女が別れる場所。さらに子供が捨てられる場所。身投げをする場所もすべて橋なのです。
つまりそうした人間の悲喜劇が繰り広げられる場所、としての橋がここではひっそりと語られます。
「約束」では五年後に必ず会おうと約束して、それぞれの立場に別れた男女が、果たしてその月日をどのように過ごしたのかということが語られます。かたや、職人として年季奉公を終えたものの、女は借金のかたに酌婦として、男に春をひさぐ商売をするようになります。
五年後のその日その時刻にやってこない女を、男はずっと日暮れまで待ち続けるのです。
男に会いたい一心でやってきたのは、もう日が落ちる時分でした。
もう会える身体ではないと泣く女を男はやさしく包み込みます。 「小ぬか雨」にも人間の哀しみが潜んでいます。どうしてもそうした立場にならなければならない人間というものが、いつの世にも存在するのでしょう。苦界に身を沈め、自分の生身を売らなければ生きていけないのです。
しかしそれでも偶然であった男と女はそこに清らかな愛を育むこともあります。だからこそ人間なのかもしれません。
どの話もいかにもありそうだという市井の人々の生き様を描いています。
どんなに高い地位にのぼろうと、人が生きていくという営為には何もかわりがありません。だったらいっそ、江戸の町人たちの日々の暮らしに身を浸してみるのもいいのではないでしょうか。
作者の視点はいつも最も低いところにあります。それだけにいっそう骨身にしみて、この世の哀しみを感ずることになるのでしょう。
また数年したら必ず読み返してみたいと思います。