クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文藝春秋 2004年5月  





この作家の小説は比較的に読んでいる方だと思います。警察の内情を描いた作品が多いのですが、この小説は彼が昔在籍していた上毛新聞をイメージして書かれたもののようです。
群馬県下の新聞である北関東新聞の社会部を舞台に話は進んでいきます。偶然のように起こる日航ジャンボ機の墜落事件を追って、主人公は臨時の統括デスクになります。
それからはほとんど毎日が航空機事故の現場と社内における人間の軋轢、欲望に支配されたといっても過言ではないでしょう。
とにかく現場へ記者を行かせることが先決でした。しかし遭難現場に通じる山道はなく、幾筋もの谷を間違え、やっとのことで記事を書いてもそれが間に合わないということもありました。
当時はまだポケベルしかない頃で、無線を使うことは地方紙では贅沢なことでした。
そのたびにポケベルで記者を呼び出します。彼らはあまりにも壮絶な現場に遭遇し、ほとんど言葉を失ってしまいます。それでもなんとか書いた記事が、共同通信などの配信社からやってくる記事に追い落とされるという屈辱を味わうのです。
主人公にはなかなかなつこうとしない息子もいます。さらには一緒に谷川岳に登ろうと約束し、当日の朝に脳内出血で倒れてしまった同僚もいます。
その理由も新聞社内の人事抗争にあけくれた矢先のことでした。そうしたことを全て忘れるために登ろうとしたその日、日航ジャンボ機が墜落するのです。
新聞社といえどもビジネスであることにかわりはありません。営業の人間が頭をさげてとってきた広告を、記事との整合性を理由に落としてしまうというわけにはいかないのです。
そこには縄張り意識も当然あります。さらには一生に一度お目にかかれるかどうかの大事故に半ば茫然自失し、しかしそのチャンスをなんとかものにしたいとねらう記者魂もあります。
上層部では社長と専務のそれぞれの派に別れての内部対立もあります。
主人公はさまざまな思惑の中で、それでも新聞記者として意地をみせようとします。中曽根と福田という二人の政治家を抱えた群馬県は、少しでもどちらかに有利な情報を載せると、それだけで販売部数に響くという厳しい状況もありました。
圧力隔壁が主原因であるというぎりぎりの特ダネを毎日新聞に抜かれるというくやしい思いもします。
彼は統括デスクとして、ある投稿記事を載せたことが原因で、社長の怒りをかい、くびになる寸前まで追い込まれます。しかし生活のかかっている主人公は草津の山あいにある支局にとばされるという道を選ぶのです。
息子との確執、会社での人間関係、同僚との約束、それぞれが実に不可思議な味わいをもってこの作品を重層的なものにしています。山に登るのはなぜか。それは降りるためなのだというテーマがこの作品の基調です。
この小説はNHKでも放送されましたが、残念ながら見る機会を失しました。それだけに小説を読み、その面白さを実感した次第です。
新聞社というものの持つ、人間くささをしみじみと感じました。どれほどに技術が進んでも、とにかく言葉を一文字づつ綴らなければ、新聞にはならないという、あたりまえのことをあらためて思いしらされたのです。