寄席末広亭 冨田均 平凡社 2001年1月





 このところ落語関係の本を以前にもまして多く読んでいるような気がします。なぜでしょう。江戸文化に対する憧れが強いのかもしれません。自分の出自を考える時、どうしても江戸的なものにぶちあたるからでもあります。
さて末広亭はぼくにとっても懐かしい場所です。子供の頃、この近くにある銭湯に通っていました。鉱泉湯でした。名前を覚えてはいません。風呂の帰りに何度か寄ったことがありました。
寄席独特の雰囲気が好きでした。提灯ひとつにしても、舞台のつくりにしても、枡席の配置にしても、寄席にしかないものだったのです。
あのまま通い続けていたら、今頃はひょっとして噺家になっていたかもしれません。それくらい落語は今も好きです。時々自分の授業のスタイルや間がどこか落後的であると感じることもあります。
席主、北村銀太郎といえば、およそ噺家で知らない人はいません。現在の新宿末広亭をつくりあげた大看板です。というか、落語会のご意見番でもあり、一大タニマチでもありました。
その彼に生前行った連続インタビューを収録したのが、この本です。ここにはいったい何人の噺家や色物の芸人がでてくることでしょう。昭和の名人と呼ばれた人たちの楽屋での様子や、さらには落語協会の分裂騒動、その後にあらわれた中堅の話まで、読んでいて飽きることがありません。
亡くなった古今亭志ん朝もこの当時、席主はあの子などと呼んでいます。ああ、いい時代だったなとしみじみ思います。小朝を部屋に呼び叱責した折、彼が涙を流して忠告を受け入れた話なども披露されています。
多くの芸人が出てきますので、タイムスリップしたような錯覚にもとらわれます。戦後の商売で財産を築いた彼が、なぜ寄席を買い取り、さらには借地だった土地を手に入れていったのかということにも興味がつきません。
さらにはホール落語との違いや、寄席というものの持つ特性についてもいろいろと語っています。
本当に芸人が好きだったんだなあと感心するばかりです。俗曲の柳家三亀松とまた釣りに行きたいと呟く北村席主もとうになく、その後をついだ娘さんも亡くなりました。
この本に登場する多くの噺家もすでに鬼籍に入っています。芸の世界は厳しいものだとしみじみ思います。60歳、70歳になってから開花する不思議な芸能です。
五代目小さん襲名の時の文楽と先代正蔵との確執などはじめて知った事実もたくさんありました。落語を愛する人にとってはバイブルのような本かもしれません。