北のまほろば 司馬遼太郎 朝日新聞社 1997年1月





 このところ、司馬遼太郎の『街道をゆく』を月に2冊くらいのペースで読んでいます。全部で何冊あるのでしょうか。読了までに数年はかかると思います。『本郷界隈』とか『沖縄、先島への道』など、そのタイトルだけからもう風景が匂い立ってくるようです。
そんな中でつい手に取ったのが『北のまほろば』でした。青森紀行です。
数年前までは意識の中に浮かぶということもない土地でしたが、ふとした縁で何度も訪れることとなりました。夏のねぶたも冬の八甲田、弘前城、秋の竜飛岬、恐山も体験したというわけです。
だからかもしれませんが、この本を読み終わった今も気分は陸奥にあります。身体の中をさわやかな風が吹いているのです。
東北人には他の土地の人にはない含羞があります。むやみに自分をひけらかしたりはしません。しかしひとたび肝胆相照らすということになると、ぐっと奥は深いのです。
そのことは太宰治の名作『津軽』を読めばよくわかります。特に蟹田という土地を訪れた時の記述は絶品です。そのあたりのことはまたいずれ書く機会があるかもしれません。
さてまほろばです。美しい古語です。

倭(やまと)は国のまほろば
たたなづく 青垣(あおかき)
山隠(ごも)れる
倭(やまと)しうるはし

古事記、日本書紀にあらわれるこの表現を作家が意識の底に抱いた時から、この紀行文は成功したと言っても過言ではありません。司馬遼太郎は実に精力的に青森を歩いています。かつてここが縄文人にとってユートピアに近い土地であったことも、現在ではいくつかの遺跡の発掘とともに明らかになっています。
三内丸山遺跡を訪れた時、どうしてこんな僻遠の地に彼らが住もうとしたのか、不思議で仕方がありませんでした。それもこれもここには示してあります。さらには何人もの津軽人の内奥にも迫っているのです。
特に棟方志功がそれです。彼の著作『板極道』にからめて、いくつものエピソードを載せ、さらには市内にある版画館を訪れた時の様子も彷彿としてきます。
ぼく自身も何度かここを訪れましたが、建物全体から志功の熱が伝わってくるようでした。津軽、南部そして後に会津人が無理矢理送り込まれた下北半島の斗南まで、作家の目はゆるぐこともありません。
しかしなんとも記述があたたかいのです。
十三湖でのしじみ汁の話にいたるまで、そのぬくもりが伝わってきます。歴史を背景にしながら、そこに生きている人間とじっくりつきあっていこうとする姿勢には頭が下がります。
なにより文章がいいです。切れ味がいい。比喩が卓抜です。一度、県内をまわってからこの本を読むと、津軽の風が身体の中に吹き渡っていきます。そして実にさわやかな気分になれるのです。
このシリーズはどれを読んでも面白いです。彼の目の確かさと、人間に対する優しさには脱帽するしかありません。