坂の上の雲 司馬遼太郎 文藝春秋 1978年4月





全8巻をやっと読み終わりました。完成まで実に10年の歳月をかけたという大作です。秋山好古、真之兄弟、正岡子規という松山出身の3人を中心として、そこから日露戦争の全貌に挑みます。
最初のうちはこの3人の挿話を中心とした伝記的要素もかなりありますが、次第に戦争の内側へ入り込んでいきます。
その息苦しさはまさに自分が戦場にいるかのような錯覚にとらわれてしまいます。
日露戦争がなぜ引き起こされたのかという時代背景から、さらには旅順攻撃の実態、その中でも203高地をめぐる攻防にかなりの紙数が費やされます。
乃木希典という大将の横顔、さらには全く役に立たない参謀長をもった軍隊というものの悲劇。その窮地を天才的な方法論で救った児玉源太郎の才覚。ここまでが最初のハイライトです。
何人の兵士が無駄に死んでいったのかということまで、作者は細かく調べ上げました。ロシアの用兵術についても記述は実にくわしいものがあります。
さて後半は日本海におけるバルチック艦隊との戦いです。ロジェストウェンスキー提督率いるバルチック艦隊の様子から、彼の心の内部にまで、分析がなされます。そしてそれを迎え撃つ東郷平八郎元帥の戦い方についても詳しく書かれています。
ロシアの艦隊がどこを通るのかという最大のテーマのために秋山真之は脳髄をしぼりつくし、この戦いの後は廃人のようになってしまいます。それだけ日本海軍には余力がありませんでした。何重もの陣構造をもって敵を迎え撃つという戦法は彼が必死になって読んだかつての村上水軍の用兵術に根ざしています。
ちなみに「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の有名な開戦の電文は真之が起草したものです。
日清戦争に勝利したのもつかの間、再び戦争状態に陥った日本にはなんの資力もありませんでした。当時の政府はそのことを痛いくらいに認識していたのです。つまり早くに講和を結ばなくてはならないということです。そのために完全な勝利を得るまでという戦いではありません。
とにかく少しでも有利な状況を手にして、アメリカに仲介を頼むとという当初の計画だったのです。
ロシアの帝政にも罅が入りつつありました。それを裏から支えるための特務を与えられた男の話も出てきます。常に自分たちの力を冷静に観察しながら、戦争を進めたという意味で、この時代の日本人はすごかったと思います。失敗を何度も繰り返しながら、それでも一丸となって進めた意志力の力に敬服しました。
しかしこの勝利が薄氷を踏むようなものであったことを多くの人は知らなかったのです。そこから次の軍隊の誤謬が発生したといっても過言ではないでしょう。
今まで知らなかった多くのことをこの本で知ることができました。司馬遼太郎の書いた小説の中では、全く別の系譜に属するものだと思います。最初はかなりとっつきにくく、他の本とは明らかに違います。それだけに次々と繰り広げられる戦争の実態を読み進むにつれ、考えさせられることも多かったのは事実です。
特に参謀というものの能力によってここまで軍隊というものが力の差をみせるものかということです。
また機会があったら別の角度からの本も読んでみたいと思いました。