教育力 齋藤孝 岩波書店 2007年1月





 教育ぐらい難しい仕事はありません。まさに生きた人間を相手にする仕事だからです。今まで随分と教育に関連した本は読んできました。どれも大変刺激的で、その度に参考になったことはいうまでもありません。
著者は数年前からベストセラーを次々と出版している教育学者です。最初は半信半疑で手にとりました。また大向こうをねらった企画ものではないかと思ったからです。
しかし読み終わっての感想は実に健康的で前向きな、正当な本だと感じました。教育は憧れから始まるという最初の一節にはなるほどその通りに違いないと奮い立たせるだけの力があります。
まさに教育者があこがれている知への態度が生徒に伝わっていくものなのです。先生を通して学ぶということが、教育の最初の姿なのかもしれません。
教える人間がこれほど面白いものが世界にはあるのだという態度で接するとき、その姿に素直に感動するものなのでしょう。そのために常に読書をすることはもちろん、様々な側面から世界を切り取っていこうとする前向きな態度が教師には必要となります。
また常に祝祭的な要素をもつことも大切だとあります。こんなことを学んで何になるのかということでも、学ぶことそのことが楽しいという知識欲に直接関わり、刺激するという態度が要求されます。授業中、生徒とともに迷いながら、時にさまざまな意見を述べる生徒とともにふらつくことがあっても、自分たちがどの地点に立っているのかということを意識できるだけの正確な地図と羅針盤を持っていなくてはなりません。つまり余裕がなければいけないのです。
いい磁石をもっていると、発問がより深く意味あるものになると筆者はいいます。そのための肉体も必要です。呼吸法を生徒にあわせ、開かれた身体を持つことで、生徒に正対することができます。甘えてくる生徒にどう対応しながら、全体像に深く切り込んでいくのかということも考えなければなりません。
学ぶということはそれだけで何にもかえがたい楽しいことなのだという祝祭的授業の構築というのは、口でいうほど簡単なものではありません。しかし人間相手の仕事である故に、一度でもそうした楽しさを知れば、必ず生徒とともに向上することができるのです。
さらに自分は文化遺産を継承しているのだという自負を持てという章もありました。こんなことを学んで何になるという問いには、学ぶことそのものの意義を論じています。深い伝統に裏打ちされたものの中に、文化の神髄が宿っているのです。
現代の教育はプラグマティズムに覆われ、かなり息苦しいものになっています。すぐに役立つ知識だけに重点がおかれがちですが、本当の教育力というのは、実に長い時間と労力に支えられているのだということをあらためて痛感しました。
理想論だけでなく、現実の話題をいくつも使ってわかりやすく語っているところにも共感を覚えました。教師の身体論ということを今まであまり考えませんでしたが、実はその人の持っている気配が、生徒にはすぐに伝わるということも新鮮でした。生徒の値踏みに耐えるだけの教育力をいかに養い続けるか。教育という作業は本当に果てしない、終わりのない、それだけに魅力に富んだものです。
筆者の本を最後まで読んだのはこれが最初ですが、この内容は企業内部においても十分通用するものであると感じました。自ら伸びようとしない教師は、教壇にはやはり立てないのです。