尊属 松本清張 新潮社 1982年9月





尊属殺人という表現を昨今耳にすることはなくなりました。これは自分から見て親などの親族関係をさすそうです。ちなみにその反対は卑属です。ものすごい表現ですが、こうした言葉の背後には儒教の道徳が色濃く反映されているようです。
今まで、尊属殺人は大変な重罪でした。死刑か無期懲役が相当ということだったのです。近年、刑法が改正され、こうした条文もなくなりました。
松本清張の真骨頂はなんといってもその短編にあります。短い文章の中に人間の心理を描ききるという技倆は並々のものではありません。
ここでも女囚刑務所にいる父親を殺したある女性にスポットがあてられます。彼女の父親は大変な大酒飲みで全ての金をつぎこんでしまい、その結果家族は貧窮にあえいでいます。
そうしたある日、朝から夫婦喧嘩を見ていた娘が、母がこれでは殺されると思い、なたを振り下ろして父を殺してしまうのです。
15年の刑期をもう少しで終える時になって、ある女囚刑務所の所長になった男は、あまりにこの女性の健気な様子にうたれ、事情を調べ始めます。
そこへあらわれる彼女の妹たち二人は大変に幸せそうな様子にみえます。着ているものも以前だったらかんがえられもしないようなものを身につけられるまでになったのです。
姉である女囚は自分がけっして悪いことをしたとは思っていないということを所長につげます。
このあたりは森鴎外の『高瀬舟』をふと連想させるところです。しかし結末は鴎外の作品とは全く違うものとなりました。
この作品には松本清張の現代を見抜く鋭い目が宿っています。短編には光るものが本当にたくさんあります。
一読を勧めたいです。