孟嘗君 宮城谷昌光 講談社 1995年11月





宮城谷昌光の小説をまた読んでしまいました。全5巻を一気にというのが今の印象です。今までに読んだ本の中で一番スピード感のある内容でした。
孟嘗君・田文が活躍するのはむしろ後半だといっていいでしょう。それよりも4巻までは、風洪後に白圭と呼ばれた彼の育ての親の周囲にいた人々の事件が主筋になります。
とにかく面白い。これにつきます。偶然のようにして、幼児を育てることになった彼が、いくつもの国を経て最後は大商人になっていくまでのストーリーが波乱万丈に描かれています。
白圭はしかしただの商人ではありませんでした。大きな堤防を無償で築きあげるといった世が世なら、一国の宰相になるだけの実行力を持っていたのです。
この作家は女性を描くのが殊にうまいです。後に文の妻となる洛巴や、白圭の妻翠媛など、これ以上に美しい表現で彩られた女性はないようにも思います。
彼らが信じ愛した男によって本当にすばらしい女性に成長していく様を読むのも心楽しいものです。
戦国の世は秦、韓、斉、魏などの思惑の中で動いていきます。田文が斉から魏へ赴き、また秦の宰相となり、再び斉に迎えられ、その王ともうまくいかず、魏に戻るまでの話は、これが政治なのだとしみじみ納得させられてしまいます。
文中には含蓄のある表現がいくつも散りばめられ、それがまた心を打ちます。例えば、その一つに調和ということがあります。
それは当然目にみえません。しかしこのつりあいということを常に考えていないと、何事も成就しないのです。彼はこれを鈞台と名づけました。
また孫子から学んだ兵法も、田文を成長させました。すなわち、勝ちすぎてはいけないということです。勝ちすぎれば必ず恨みをかう。それが結局は自国の滅亡をはやめるというのです。
さらに為政者は明るさを持っていなければならないと述べています。上に立つ者は常に動作ひとつにも爽やかさが必要なのです。風が吹き抜けたかのような心地よさを人々に残さなければ、誰もついてはきません。
ところで田文には「鶏鳴狗盗」という有名な逸話があります。むしろその言葉があまりに先走りしすぎた感すらあります。しかし幼少期から苦労をし続けてきた彼だからこそ真の政治ができたのでしょう。
その要諦を一言でいえば信義です。孟嘗君は裏切らないという信頼があったからこそ、人々が彼を慕ったのです。与えられることの幸せをいつも訴えました。
一時は3000人の食客がいたといいます。不思議な魅力に満ちた人だったのでしょう。項羽や劉邦、あるいは三国志とも違う時代の動きを知るにも十分すぎるほどの内容があります。
また大国の力を借りつつ、どうやって小国が生き延びていくのかという知恵もここにはあります。中国全土を毎日駆け回っているかのような心楽しさがありました。
文章が実にうまい。ただそのうまさには感嘆するのみです。
ちなみに孟嘗君が亡くなったのは紀元前279年のことだそうです。