東京奇譚集 村上春樹 新潮社 2005年9月





 村上春樹の最新刊です。いつもはかなり後になって読むのですが、つい奇譚という文字にひかれ、手にとってしまいました。
ストーリーを心地よく読ませてしまうだけの技量をもっていますので、その裏に隠された毒に後から気づくことが多いのです。
今度の短編集には5つの掌編が載せられています。一番面白かったのは最後の「品川猿」でした。猿が話をするというのも不思議でしたが、名前を次第に忘れてしまうという女性の存在にリアリティを感じました。
それもかつて自殺した友人の名札をなくすところから始まるのです。名前というのはその人間の核心にせまる最も重要なファクターだということをあらためて強く感じました。
もう一つあげるとすれば「ハナレイ・ベイ」という作品です。自分の息子がかつて鮫にくわれたというハワイへ何度も足を運ぶジャズピアニストの話です。
どの作品もいかにもありそうでいて、しかしないだろうなと思わせるところがしたたかなのかもしれません。
いつも清潔で、ちょっと悪くないみなりをした青年や、女性があらわれるのは村上春樹の小説のスタイルといってもいいかもしれません。
デニーズやスターバックスの持つ記号性を巧みに使いながら、現代に宿る不安を描こうとしたのでしょうか。
なんとなく手にして読み、またいつのまにか忘れてしまう。そういう装置としての小説なのかなとも思います。
少し軽くて、少し重いといった趣でしょうか。
彼の言い方をまねするとすれば「日々移動する腎臓の形をした石」も悪くはありませんでした。