故郷の廃家 饗庭孝男 新潮社 2005年2月 





冒頭に「自らの家の歴史を辿り直すことはおそろしく困難である」と記されています。まさにその通りの本がこの一冊だといえるでしょう。琵琶湖のほとりに生まれ、その地の風土性を色濃くにじませた筆者が、饗庭という自らの姓をたよりに、そこに生きて死んだ人を描き出したものです。
前半は高島郡一帯の中で特に饗庭村と呼ばれるあたりの地誌を中心として、琵琶湖が湖西と湖東に分かれ、それぞれの文化圏を構成していた様子を描き出しています。
古文書をいくつもひもときながら、この地が文化の伝承にとっていかに大切なところであったのかを証明しています。『日本書紀』や芭蕉の文集『幻住庵の記』などもあげられています。
さて後半では、筆者の家を中心に戦争前後の様子から、父と母の結婚、その後の長兄、次兄との関係を交えながら、彼自身がどのように成長し、何を見てきたのかということが細かく書かれています。
時に息苦しくなるほどの一族の過去がここでは明らかにされます。中心はまず父親の存在でしょう。
祖父の放蕩の結果、一家が貧苦に苦しんでいたため、代用教員からはじめ、やがて「文検」を経て苦労に苦労を重ね、図書館長として一生を終える父親の横顔が明らかにされます。父親は一生祖父の残した借財を返す努力を続けました。その一方、女学校を出た母親は、大らかで、そのことによって救われたことが多いと書かれています。
饗庭孝男は1500グラムの未熟児として生まれ、その後結核にかかったりして、本に親しむ以外に楽しみを持たない少年でした。いつかひっそりと一冊の本が書ければ、後は死んでもいいと考えるようなどこか強情さをもった子供だったようです。大学になど行く気もなかった彼がフランス文学を勉強するようになった経緯も興味深いものです。
長兄は医学の道に進み、次兄はいったん中学教師となるものの、独学で大学院に入り、そこから少壮の弁護士として名をはせるところまでの様子が描かれています。
しかしその二人ともあっけない形で鬼籍に入り、後には筆者一人が残されるという、つらい現実が待っています。この部分の記述は読めば必ず心を打たれるところです。
筆者は言います。「歴史をものがたろうとするその瞬間から、私は自分が歴史の中の無数の存在の語り部の一人であることを自覚する。多くの死者たちがまわりにふえて、やがてその死者たちの海に自らもゆっくりと沈んでいくのであろう」
一族を語り、歴史を語るということは、すなわち死んでいった者を語るということです。その意味で、この本には夥しい数の死者が登場します。
しかしそれが不思議と懐かしさを感じさせるのはなぜでしょう。小さな一族の歴史を垣間見たに過ぎないといわれればそれまでですが、しかしこの本はぼくにとって重いものでした。