楽毅 宮城谷昌光 新潮社 1999年11月





全4冊を先ほど、読了しました。著者の本はこれで『晏氏』以来2冊目ですが、今回は久しぶりに読んでいて興奮を覚えました。
すなわち戦いの実質というものを大変みごとに描いていたからです。それは楽毅という人が孫子に学んだということが大きいのではないでしょうか。
中山という小国に生まれ、しかし愚かな王を見捨てることなく、いかに退却し続けるかに楽毅はそのエネルギーの全てを使います。
3年間の斉の国での留学生活が彼に大きな器量を与えました。孟嘗君に出会い、宰相というものの器にも触れました。
やがて中山が滅び、再び天下の知、孟嘗君と再会します。今後の生き方を探っていた楽毅は魏にとどまりますが、やがて燕の昭王に請われ、大国斉を討つという使命を帯びることになります。
戦って勝つのでは死者もでます。彼はできるだけ戦う以前に外交努力をしました。多くの国同士を反目させつつ、同時に同盟を結び、それぞれの力を弱めながら、ここぞという時に果敢に攻めます。
兵の士気というものを実にみごとに読みきることのできる人でした。多くを語らず、先の先までを見ます。彼の元には良質な部下が育ちました。
あれほど無謀だと思われた斉をとうとう小国燕が飲み尽くす時がやってきます。あっという間に国をとるにはどうすればいいのか。最後は武力ではありません。国は人だというのが実感としてよくわかりました。
しかしその燕も昭王がなくなると、次の王は全く無能で、彼のいる場所はあっという間になくなってしまいます。また趙へ仕官の旅に出なくてはなりません。
楽毅は劉邦や諸葛孔明に高く評価され、今日まで中国でも愛されている人物の一人です。この本はただ中国の歴史を知るというだけでなく、今の自分が置かれている立場というものをどう客観的に読みきるかということに腐心している、現代人にとっても意味ある本です。
彼の冷静さと愛着を持てたら、あらゆることは良い方向に向かうのではないでしょうか。しかしそれでもまた王がかわれば、国を追われるというところに、歴史の厳しさがあります。
最初の中山時代から、最後の燕の相国としての戦いまで、一貫して筆致は停滞することがありません。
孫子の兵法の極意に触れてみたくなりました。