イタリア 小さなまちの底力 陣内秀信 講談社 2000年4月





 イタリア建築学が専門の著者による、イタリア論です。それも本当に一つ一つの街を愛した人にしか書けない本です。最後まで、いい気持ちで読んでしまいました。たくさんの矛盾を抱えながら、それでもイタリアにはやはり多くの魅力があります。
難しく言えば、近代をリードした価値の体系が大きく揺らいでいます。大量生産、大量販売のシステムに皆が疲れを覚えるようになりました。
工業社会の提唱した機能性、経済性にも反省の声が出ています。そこに登場したのがイタリアの持つ独特の感性です。スローフード運動ひとつをとってみても、それはよくわかります。食事とワインに象徴される彼らの生き方に対して、多くの人々が憧れを持って語り始めました。
この本はイタリアの小さな街にどれほどのエネルギーがあるのかを、自分の目で見て書いたものです。人口1万人足らずの街に実は最もイタリア的なものがつまっているというのです。
効率や合理性の反対側にあるものを大切にしてきた彼らの生き方を見ているだけで、幸福な気持ちになります。
著者はヴェネト州周辺の小さな街、さらにシエナを中心としたトスカーナ州、ナポリを取り巻くカンパーニア州を取材しています。
あちこちに知り合いができるとその輪は驚くほどの広がりを持って行きます。
しかしイタリア人は誰とでも親しくなるというわけではありません。10人ほどの仲間を大切にし、そういう関係が網の目のように構築されるのだといいます。
しゃれたレストランや、劇場がどの街にもあり、教会や石畳の道が縦横に走っています。
自然の中に戻ることが彼らの憧れであり、そのために古いものを実にうまく再生させ大切にします。ちょっとみるとたいそう古びた家の中がとてもモダンなインテリアに飾られていることも多いとか。
そして何より大切なのが広場です。そこに向かって人々は歩きます。出会いの場が広場なのです。
それだけに造形を考え、様々な噴水や、広場そのものの形にもこだわります。日本人にはない、こうした人が集い楽しむための場をいかに作り上げるのかということに対しての感覚には、時に驚きさえ覚えます。
ぼく自身、世界遺産であるシエナのカンポ広場に行ったことがあるので、この中の記述が実感できました。広場は美しくなければなりません。カフェテラスのパラソル一つにもこだわるイタリア人の感性には、人生を楽しもうとする知恵があります。
久しぶりに楽しい本を読みました。いいかげんな側面を持ち、お金がからむと、どうしてもルーズになりがちなイタリア人。
しかし彼らの文化には底知れない豊かさがあると思います。どうしても近いうちにイタリア再訪を果たさなくてはという気分が、また強くなりました。