本のある自伝 辻井喬 講談社 1998年4月





 辻井喬のことが気になって、つい自伝を読んでしまいました。このところ話題にのぼっている堤一族の兄にあたります。
父親の遺産はほぼ義母弟の手にわたりますが、彼が唯一もらったものは今とは似ても似つかない赤字決算の続く西武百貨店でした。
その彼がどのような幼年時代と学生時代を過ごしたのかは以前、何かの小説で読んだことがありました。
しかし今回もっと詳しくその内面に触れたいと思い、この本を手にしたのです。
一言でいえば屈折した少年といえるでしょう。妾の子に生まれたということが、いつも負い目になり、だからこそ人に後ろ指を指されてはいけないという緊張感に包まれていたようにみえます。成績もつねにトップクラスで、それでいて、どこか心の隅に空洞を抱え続けていました。
詩を書き始めたのは、そうした暗さに正面からぶつかる唯一の手段だったのかもしれません。大学時代、共産主義運動に走り、父親とは一時決別します。しかしその運動が挫折した後に、父親の秘書をつとめ、さらには西武百貨店の店長になるというような、実に複雑な生き方をします。
自分自身がみてきた共産党のありかたと現実との落差が、ますます彼の前に大きくクローズアップされていったもののようです。
一方で経済学を学び、他方で小説や詩を読むという生活がずっと彼の複雑な内面を支えていきます。
やがて父が亡くなり、彼にとっての本当の重しがとれていくのです。しかしそこは親子です。最後まで父の存在には敬意と畏怖に似たものを抱き続けます。
この本は父親の死で、一応の完結をみますが、その間にどれほどの本を読んだのかということが実に克明に記録されています。
共産主義的な書物を読む一方で、日本浪漫派などにも心惹かれるアンヴィバレントな心性を正直に告白しています。
恋愛のことも最初に別れた女性、妻との離婚など、かなり詳しく述べられています。
堤清二と辻井喬を使い分けようとした複雑な人間の内面を知るには恰好の本なのではないでしょうか。