サムライ米国企業を立て直す 鶴田国昭 集英社 2004年10月





 倒産寸前の会社を最高の誉れある会社に再建した男の話です。最後まで一気に読んでしまいました。
コンチネンタル航空といえば、アメリカでも大変に人気のある会社です。しかしちょっと前までは遅延率の一番高い、手荷物のなくなりやすい、サービス最悪の会社だったのです。
日本には子会社のコンチネンタル・ミクロネシア航空が入っています。ぼくもかつてここの日本支社の御世話でサイパンやパラオへ取材に出かけました。だからこの航空会社には並々でない親近感をもっています。
しかしここまで本社がひどいとは思ってもみませんでした。その修羅場に乗り込んだのが、日本男児ともいえるはみ出し男の鶴田さんでした。
英語を喋りたい一心で高校時代から勉強し、最初は一人でYS11を買ってくれたピートモント航空に入社。ここの資材部門で大活躍をします。日本にいた頃はあまりにずけずけとものを言うので、半分煙たがられていた彼も、アメリカでは向かうところ敵なしでした。
アメリカには、数字を背景としてきちんと理屈が通れば、誰の意見であれ採用するという風土があります。
それが彼には最も適していたのでした。その後当時の上役だった人がコンチネンタルに引き抜かれたのに伴って、鶴田さんも移籍します。
飛行機をとことん知り尽くしているからこそ、メンテナンスの大切さ、資材や部品一つ一つの確実な搬入に心がけたのです。ちょっとでも心にゆるみがあれば、すぐに賄賂攻勢などに晒されます。しかし彼は断じてものを受け取りませんでした。部下にも徹底してそのことを実行させたのです。
機内で使う紙コップ一つにまで、目を光らせました。また他の航空会社が消音器をつけてなんとか基準をクリアしようとした時も、鶴田さんは数字をあげて、新機買い換えを主張します。
その結果が今日の数字となり、だれにも会社の内情を全てあきらかにするという、現在のコンチネンタル・スピリットが完成しました。どんな時でも社員に嘘をつかないという経営陣のやり方は、圧倒的に支持され、世界でもっともクレームの少ない遅延の少ない航空会社になりました。
米国エアラインの鬼大将といわれた鶴田さんの姿には目を見張るものがあります。若い時代の話も面白いです。こんな日本人もいるのだとしみじみ感心してしまいました。