無名 沢木耕太郎 幻冬舎 2003年9月





 前から読みたいと思っていた本でした。
今、読み終わって心の中があたたかいのを感じます。父と子の愛情というのはこういうものなのかなあとしみじみ考えました。特に男親と男の子の関係がみごとに描かれています。
筆者の文章はいつも的確で無駄がありません。しかしその文章の核はひょっとするとこの父親から譲られたものかもしれないと思いました。
彼の父親は立派な資産家の家に生まれたものの、事業に失敗し没落。その後転々と雑役のような仕事をして、市井の人として暮らし、無名のうちに亡くなりました。しかし若い頃は小説を書こうとしたこともあり、また後には俳句を試みます。
そうした日々の中で、息子は父をどう見ていたのか、また臨終までの病院生活、自宅での療養生活の様子をなるべくきちんと澄んだ目で描写しようと努力しています。
その姿勢が凛としたものだけに、そこで処理しきれない感情の束が、いくつもの言葉となって読む人間をうちます。
ああ、このようにして子供は親と離れていき、しかしそれでもなお尊敬すべき存在として、心の中に宿し続けるのだということが、痛いくらいよくわかります。
筆者は父親の俳句をまとめ死後に一冊の本にします。それもなるべく質素な小さな体裁のささやかな本です。その後、父親の関係していた俳句の結社からそれ以前の句やエッセイなどを送られ、また違う父の姿に接します。
このあたりは父親への愛情が本当によく示されたすばらしいところです。彼は父の臨終にあたり、最後に髭を剃ってあげます。その時の情景が忘れられず、なんとはなしに句を作っていました。
なきがらの ひげそるへやに ゆきよふれ
最後の文章を引用しておきましょう。
「地下鉄口の階段の手前で立ち止まり、夕暮れどきの空を見上げると、そこにはとうてい雪など降りそうもない透明な空があるだけだった。それでよし。私はは父の代わりにそう呟いた。」
いい本です。こういう本にめぐりあうために読書を続けているのかもしれません。沢木耕太郎は信頼するに足る書き手です。