月は東に 森本哲郎 新潮社 1992年6月





タイトルからわかる通り、蕪村について書かれた本です。しかしそれだけではありません。森本さんの漱石好きな面が、あちこちに顔をのぞかせています。
副題に蕪村の夢、漱石の幻とあるごとく、これは二人の横顔を別の面から見た評論になっています。
漱石はたくさんの作品を書いていますが、その多くは蕪村の作品に想を得たというのが、著者の考えです。たしかに『草枕』や『我が輩は猫である』などを読んでいると、実に俳句的な場面が多く出てきます。
また『硝子戸の中』や『夢十夜』などにも似たような場面があります。蕪村の春好きは有名ですが、それにおとらず、漱石の春に寄せる想いには大きなものがありました。
漱石はその生涯に3000以上の俳句を詠んだと言われています。また死後に句集が編まれたことも蕪村と同じです。
芭蕉の厳しさ、孤高に対して、どこかやさしみのある態度が、穏やかな気持ちを誘います。
森本哲郎の高校時代のエピソードとあわせて語られる冒頭なども、なかなか読み応えのあるものです。
このところ岩波新書の『蕪村』などとあわせて、いくつか彼に関する本を読んでみました。芭蕉とは全く違った句境にある人だということが、よくわかります。
その中でもこの本は蕪村の魅力をうまく伝えたなかなかに味わいのあるいいものです。ことに「春風馬堤曲」の説明などは楽しいものです。
著者の蕪村に寄せる熱がそこはかとなく伝わってくるところが、この評論の真骨頂でしょうか。
蕪村と漱石の似た句を並べて見た時、その資質の差をはっきりと見てとることができました。
ずいぶん前に出た本ですが、ちっとも色褪せてはいません。