落語藝談 暉峻康隆 小学館 1998年12月





江戸文学の研究で有名な早稲田の暉峻先生によるインタビューです。六代目三遊亭円生、五代目柳家小さん、八代目桂文楽、八代目林家正蔵を相手に丁々発止としたいい、対談が続きます。ちなみにこの時、既に五代目古今亭志ん生は、具合が悪くて、対談ができなかったそうです。
しかしこれだけ揃うと、やはり壮観です。
最初はどういうきっかけで落語家になったのかというあたりから始まって、次第に芸談に入っていきます。
箱に入ってしまったら(型だけをまねること)芸は終わりだとか、15分ならやれても18分になったら崩れてしまう芸もある、などという話を聞くと、思わずなるほどとうならされてしまいます。
古典落語は今や、全く違う環境の中で暮らすぼくたちにとって、遠いものとなってしまいました。
しかしそこに息づく人の心にかわりはないように思えます。
この4人の名人の話はどれをとっても遜色がありません。とにかく自分の芸のことだけを考え続けて生きてきたという証明のような、インタビューです。
ちょっとした仕草一つに、その芸人の生きざまがあらわれます。目つき一つで、全く意味合いが違うというところを、実際に「鰍沢」などの話の中で、紹介しています。
何度同じ咄を聞いても、うまい人のには、いつも何かがあります。そのことをあらためて感じました。
芸談というものは本当に魅力があります。芸は盗むものだということを誰もがいいます。これは学問にも通じるものでしょう。本当に自分からやる気を起こすまでは、どんなに教え込んでも無駄なものです。
皆がみな、とにかく咄が好きだという共通点に、名人の原点を見た思いがします。この本は昭和51年に三省堂書店からでたものを小学館がライブラリーの形で残したものです。
今や、四人とも、いや五人全てが鬼籍に入ってしまいました。芸は一代だけのものなのでしょうか。