私が生きたふたつの「日本」 篠田正浩 五月書房 2003年6月





映画監督、篠田正浩が現在の心境をありのままに綴ったエッセイです。
その内容は驚くほどに暗いものです。皇国少年として生きた時代と現在とを比較しながら、つい最近公開したばかりの作品「スパイ・ゾルゲ」についても言及しています。
自分がどのような血の中で生きてきたのかということを検証することは、時に多くの苦痛を伴うものです。このエッセイはまさにそういうものではないでしょうか。
能、歌舞伎、浄瑠璃について書きながら、そこに通底している阿鼻叫喚と殉教への熱い思いを感じずにはいられませんでした。
司馬遼太郎と京都のホテルで偶然会い、その日宴席に誘われます。京都学派のお歴々の中に座らされ、酒を飲んでいると、ますます気が滅入ったといいます。
その時、司馬さんは「きみの映画は暗い。このままじゃ客を失う。それが心配でここへ連れてきた。そろそろ喜劇をつくりなさい」とアドバイスしてくれたといいます。
その結果できあがったのが、ふとしたことで頼まれた阿久悠の「瀬戸内少年野球団」と「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」でした。
そこからまた道が広がったといいます。
今回「スパイ・ゾルゲ」を撮り、もうこれで仕事はしないと決めた最大の原因は、どうしても試写を見て欲しかった人の死です。
それは作曲家、武満徹でした。彼がいなくなったことで、篠田の創作欲は枯れたといいます。「心中天の網島」や「沈黙」などについての内容にも読むべきものがあります。
戦後の日本のあり方についての批判、憲法9条への考えた方、さらに三島由紀夫についての考察、アメリカのイラク攻撃など、時に政治的な視点を含めて、全編に怒りと諦念の強さを感じました。
彼にとってのキーワードはやはり天皇です。ここから全ての想像力が沸き上がってきます。それは死であり、花鳥風月でもあります。
美しいもの、権威、文や武を含めて、今後考えなくてはならない内容ばかりだと感じました。