映画と私 羽田澄子 晶文社 2002年3月





映画監督、羽田澄子さんが自分の撮った作品の解説をした本です。偶然のように岩波に勤めることになった経緯、その後羽仁進の元で助監督をした後、はじめて独り立ちしてメガホンをとるあたりの話は、大変面白いです。
それまでの映画とは違う、自分で納得した記録映画を撮りたいという意志は人一倍強かったようです。
当時、まだ動物行動学という言葉さえなかった時代に日高敏隆の指導の元、モンシロチョウの生態を観察するという映画を作ったこともありました。
この時は触ることすらできなかった蝶々3万匹を飼い、その行動記録を丹念に映画化しました。
その後、伝統芸能への関心が増したこともあり、狂言の記録映画も撮りました。野村万蔵が弟子に教える、その姿に芸の本質を見たといいます。
この仕事は後の、片岡仁左衛門の晩年を描く作品にも繋がりました。
ぼく自身、羽田さんの名前を知ったのはその後に制作された『早池峰の賦』からです。それ以前の作品『薄墨の桜』などを見ていないのは本当に残念です。
岩波ホールではじめて記録映画を上映し、成功したのはこの頃からではなかったでしょうか。今でもその時のことははっきりと覚えています。
また『痴呆性老人の世界』の時はとうとう、独立しての仕事となりました。組織の中ではとうてい作れない映画だったからです。まだ介護法が成立する以前で、意識も大変低い時代でした。
この本の中では若くして亡くなった妹さんへの思いも綴られています。すぐれた詩をたくさん書いた人だったそうです。彼女の死を間近に見て、自分の残り少ない時間を、全て映画に捧げようと決心したと書いています。
凛とした意志的な女性です。
ぼく自身、まだ2本しか、彼女の映画に触れていません。これからチャンスをみつけ、なるべく意識して見ていきたいと思いました。
魅力のある映画を生み出す、心の柔らかさが、行間から垣間見えます。